「それよりも大切なこと」〜不審者対応をどう考えるか

ウィリアム・アドルフ・ブグロー「誘惑」(パブリックドメインQ)

 新潟県で小学校2年生の女児が行方不明になり、7時間余りのち、絞殺された遺体が線路わきに置かれ、列車にはねられて発見されるという残忍な事件が起きました。おそらく犯人は何の目算もなく誘拐して殺し、対応の早かった保護者・学校・警察に抑えられて動きが取れず、とにかく遺体もランドセルも靴も自分の周辺から遠ざけたいと、その一心で線路上に投げ出したのでしょう。前後の事情を考えると、逮捕もそれほど時間のかかる話ではないように思われます。

 それにしても、大量殺人をもくろむ犯人によって校内の子どもが次々と刺されるという池田小事件型の不審者対応を何年も続けてきた学校は、それよりもっと頻度の高い連れ去り型不審者対応にはずいぶん遅れを取った感じがあります。

 池田小事件はそれだけ衝撃が大きく、社会的要請もあって学校への侵入者対応訓練はやらざるを得なかったわけですが、以後17年間、同種の事件は起きておらず、その間に起こった幾多の誘拐殺人事件を考えるとやはり連れ去り型により多くの力を割かなければならないことは明らかでした。

【個人をターゲットにした不審者対応はとても難しい】

 ただし対応が遅れたことにはもう一つ理由があって、実際にやってみると、連れ去り型不審者対応訓練というもの、口で言うほど簡単ではなかったからです。「知らない人についていっってはいけません」とか「知らない人の車に乗ってはいけません」とか言っても、連れ去り事件や誘拐殺人の多くは、身内や知り合いによって起こされています。

 昨年、千葉県我孫子市ベトナム国籍の女子児童を誘拐・殺害したのは児童の通う小学校のPTA会長でした。

 2006年4月に秋田県で小学4年生の女子児童が自宅から10キロメートル離れた川で水死体となって発見され、さらに翌月、女子児童の2軒隣の男子児童が約12キロメートル離れた川岸で遺体で発見された事件では、犯人は最初の被害者の母親でした。

 PTA会長や母親(2軒隣のおばちゃん)というのは極端にしても、近所のお兄ちゃん、よく遊んでくれるオジさんという例はいくらでもあります。

 さらに顔見知りでない犯人の場合でも、どの人が怪しいかはそう簡単に見破れるものではありません。不審者に注意しましょうといっても、そもそもどんな人が不審者なのかも分からない――。

【不審者って何?】

 ちなみに小学生に向かって

「不審者ってどんな人?」

と聞いてみると面白い答えが返ってきます。十中八九、

「黒い服を着て、サングラスをかけた人」

と言うのです。特に低学年はそうです。

 今回の新潟の事件でも、被害者児童が朝、登校する際に「黒い服を着てサングラスをかけた男に追いかけられた」という話がありますが、私は少々怪しんでいます。

 実際にそういった事実があったかもしれませんが、被害者女児がたまたま背後にいた「黒服サングラス」に怯えて逃げただけなのかもしれませんし、変な人に追いかけられたのが事実でも、女児からその話を聞いた友達が無意識のうちに印象をすり替えて「黒服サングラスた」にしてしまったのかもしれません。そのくらい「黒服サングラス」には力があるのです。

 しかし犯罪者がそうした典型的ないでたちで近づいてくるのは、むしろ稀でしょう。

 それでは大人である私たちは、「不審者」についてどんなふうに説明できるのか。

「用もないのに街をふらふらしているひと」

「およそ正常な感じのしない人」

「挙動のおかしなひと」

等々、どんな言い方をしても小学生にわかる説明になりません。

「不審者」の説明ができないようでは「不審者に注意」もへったくれもありません。できるのはせいぜいが、

「誰かの家に上がったり人の車に乗せてもらったりするときは、必ずお母さんの許可を取ってからするのよ。この約束は絶対で、例外はないからね」

くらいしかありません。

 事態は深刻です。

【それよりも大切なこと】

 しかし見方を変えてみましょう。

 この国で普通に暮らしていて、「ウチの子」が誘拐殺人の被害者になる可能性って、どれくらいあると思います?

 小数点以下にゼロを五つぐらいつけた1%もないですよね。

 被害にあわれた家族にとってはむしろ残酷な数字ですが、それでも子育てしていく上で、私たちは「ウチの子」が誘拐殺人の被害者になる可能性より、交通事故で亡くなる可能性の方を考え悪手はいけません。しかも交通事故で死ぬ可能性だってそれほど高いものではありません。

 子どもの健やかな成長を考えるうえで、車を降りて道を聞く大人から「ワー!不審者だー!」と叫んで逃げ回る子より、きちんと対応して親切に教えられる子に育ってくれる方がいいに決まっています。

 人間不信の上に成長するのではなく、信頼を基礎に成長していく方がこの国では有利なのではないかと、私は思うのです。

 警戒し続ける人生はとてもしんどい――。

 もちろん、力ずくで車に引きずり込まれたり、痴漢行為にあったりする可能性も考えると、

「見知らぬ人と対応するときは間に十分な距離を保ちなさい。その距離というのは、相手が大人でも10mくらいは走って逃げられる距離のことです。予め開けたその距離を急激に詰められるようなら、その人こそ不審者ですから走って逃げるのです。逃げているあいだに大声をあげれば、きっとそれ以上追いかけてきません」

 そんなふうに教えておくことも必要かもしれません。

 知り合いのオジさんオバさんにいつも元気よく挨拶する子は、その人から1割増しで目をかけてもらえる子です。その“1割増し”の累積が、その子をより強く守ることになります。

 わが子には、ぜひとも誰にでも気軽に声をかけ、誰からも気にかけてもらえる子に育ってもらいたいものです。