「サイレンス イズ ゴールデン」〜無口の功罪

 いい気になって3日に渡ってサンタクロースについて話していたら、古い友人から一言、

「世界中の子ども15億人とか平気で言ってるけど、少なくともイスラム教徒の子どものところへは行ってないんじゃないか、サンタクロース。敬虔な仏教徒の家とかも・・・」

 この話を人にするようになてから十数年間、そのことに全く気づきませんでした。

 気づかなかったこともショックですが、サンタさんが そんな差別的な活動をしていたという事実にも打ちひしがれます。知らなくても良かった事実かな?ーーつまらぬことを吹聴するからこういう目にあうのです。

【ヤクザのおっちゃんに遺書の書き方を教わる】

 知り合いのヤクザのおっちゃんに遺書の書き方を教わったことがあります。

「Tさんなあ、誰かに腹を立てて『死んでやる!』って思ったときはな、遺書には一言、『○○さんを恨みます』って書きゃいいんだ。余計なことは書かない。

 どんな正当なことであっても、事実が書いてあると必ず『しかしその程度で死ぬことはない』ってやつが出てくる、そうなると面倒だ。

 そうじゃなくって『○○さんを恨みます』とだけ書くと、『自殺をするからにはとんでもないことをされたに違いない』とみんなが思ってくれる。だれも『その程度で・・・』なんて言わねえ、それがコツよ!」

 ヤクザ屋さんに教えてもらえばいいことは他にいくらでもあると思うのですが、選りによって「遺書の書き方」というのも呆れた経験でした。

【自分の内部に女性を感じる】 

 中学校時代、クラスの「御三家」、学年の「四天王」と呼ばれるイケメンがそばいて、私はさっぱり芽が出ませんでした。四天王のうち三人が私のクラスにいたという意味です。すごいでしょ?

(もちろん、コイツらさえいなければオレが一番というのは幻想で、むしろ彼らがいたおかげでそんな幻想を持てたと感謝しなくてはいけないことなのかもしれませんが)

 そのうちの一人が中学生のくせに苦みばしった、とにかく無口な男でしたが、ある日、自習の時間か何かのおりに、突然席を立ってみんなの方を見て「うるさい!」と叫んだことがあります。どういう事情だったかは覚えていないのに、私はそのときの彼の席を覚えています。

 最前列の右から二番目。その瞬間、クラスは死んだように静かになり、みんな慌てて勉強を始めました。そのカッコ良さに、私はうっかり、自分の中に女性を発見してしまうところでした。

「沈黙は金(Silence Is Golden)」。

 昔、トレメローズというグループがビッグヒットを飛ばしましたが、以上、「知ったかぶるもんじゃあないな」とか「余計なことを言ってはいかん」とか「無口は得だな」とか、つくづく思ったさまざまな事件でした。

【チビはおしゃべり】

 私は中学校の前半くらいまではけっこうなチビで、一般に背の低い男の子はおしゃべりになりがちです。クラスにはいつだってジャイアンみたいな男の子はいるわけで、彼らに伍して生きようと思ったら口で対抗するしかないからです。

 しかししゃべれば当然底は割れやすくなる。無口はその分言葉に重みがある。何か持っていそうな威厳もある。場合によっては何も持っていなくても事態を動かせるーーそういうことが分かっていても、私は黙ることができないのです。

 まったく損だ。

 何かまるでまとまりのない文章ですが、最近のニュースを見ながら、やたら多弁なトランプ氏と、直接的にはほとんど語らない金正恩氏、場面は違いますがまったくものを語らない貴乃花親方。

 人を右往左往させるなら、やはり黙っているにしくはないと思わされているのです。