必罰の世界

 昨年10月、滋賀県大津市の中学2年生が自宅マンションから飛び降りて自殺しました。学校は最初“いじめ”の存在を否定していましたが、生徒へのアンケートの結果次々と事実が出てきて翌11月、「いじめはあった。しかし自殺との因果関係は不明」というかたちで収めようとしました。しかし保護者は納得せず、今年の2月裁判に訴えます。今月17日にその第二回口頭弁論が行われるのですが、その準備の過程で様々なものが出てきました。それは先の生徒アンケートのうち、市が公表しなかった部分です。

 まず「自殺の練習をさせられていた」という話がセンセーショナルな話題としてマス・メディアを駆け巡りました。続いて「先生も見て見ぬふりをしていた」「一緒になって笑っていた」「先生もいじめのことを知っていたけどこわくて言えなかったらしい」「泣きながら電話でいじめを訴えたが、あまり対応してくれなかった」等々が次々と出てきます。

 これに対して大津市教委は「確認が取れなかったものについては、公表する必要を感じなかった。隠したわけではない」と説明しましたが世論は納得せず、昨日はついに「いじめに関わった生徒と教師は謝罪しろ」という脅迫状とともに爆破予告が届き、当該校は休校に追い込まれました。それが今話題となっている大津事件の概要です。

 話は寄り道をしますが、一昨日、埼玉県北本市での中1自殺事件について「いじめが原因」とする両親の訴えが退けられました。この自殺には遺書があって「死んだのは(中略)クラスの一部に勉強にテストのせいかも」と書いてあったため、「いじめが原因の自殺」という主張は遠ざけられたのです。

 大津の裁判でも両親が勝つ可能性は極めて低いと思われます。

 まず遺書がないので自殺に至る本人の気持ちが証明できません。あとは「これだったら自殺に追い込まれてもしかたないな」と思わせるだけの、十分な“いじめ”の事実を提示するしかありませんが、事件から半年以上がたち、“加害者”と目される子どもたちが転校してしまった今ではそれもほとんどできないでしょう。

 ただし裁判の結果に関らず、すでに“加害者”は罰せられています。事実を知りたいという遺族の気持ちは果たされないまま、断罪だけが粛々と行われているのです。それはインターネットによる断罪です。

 ここしばらくネット上で行われていたことはこうです。

 まずネット上の探索者たちによって学校と担任が特定され、写真までもが上げられてきました。さらにこの事件をあつかった7月6日のフジテレビの番組で、伏字にしてある黒塗り部分が透けて見え、そこから“加害者”と目される生徒達の名前が流出しました。その瞬間からネットの住人たちによる徹底した調査が始まり、あっという間に個人が特定され、家族が暴かれ、大量の写真が本名とともにネット上に上げられてきます。その間わずか二日です。

 今や“加害者”の情報はネット上にあふれ、今後も長く、繰り返し利用されます。この子たちの情報は進学したり転居したりするたびに書きかえられ、姿を消せば再調査され、延々とネット上に存在し続けるのです。2006年の岐阜県瑞浪市のいじめ自殺事件の“加害者”たちもそうですから。

 それが現代のいじめ事件の行く末なのです。

 もし将来、私たちが深刻な“いじめ”の現場に立ち会うとしたら、そのときは“加害者”の保護者と十分に相談を重ね、事実を徹底的に明らかにし、子どもに取るべき責任を取らせるようにしなければなりません。

 いい加減に扱ってネットの人々を怒らせると、その子の将来は完全になくなってしまうからです。

 それは裁判で処罰されるよりもはるかに重いものとなるのです。