「教室のシリアルキラーは見つけ出せるか」

   〜座間9遺体遺棄事件より�A

 妻の教え子にひとり、のちに東大に入った児童がいます。小学校4年生の段階で計算の速さで妻が全く歯が立たなかったと言いますから、やはり「栴檀は双葉より芳し」です。

 残念なことに私が担任した子どもで東大へ進学できた子はひとりもいません。ただし医学部へ入るのと東大は一緒(同じくらい難しい)ということであれば、医者になった子はひとりいますから、それでおあいこです。

 もちろんそれで教師の優劣が決まるわけではなく、単に「その子が頭がよかった」というだけのことなのですが、田舎の公立学校で将来東大や医学部に入るような頭のいい児童・生徒に出会う確率はその程度、といった目安くらいにはなります。

 ただし東大生は東京都文京区本郷の赤門をくぐれば掃いて捨てるほどいますし、医者は大病院にごろごろしています。ですから全国的に見ると「本当に頭がいい」と言われるような子はいくらでもいることになります。

 それに比べたら座間市で起きた遺体遺棄事件の犯人のような、シリアル・キラーなんてめったにいませんから、そうした人物の「元担任」になるということは本当に稀有なことと考えられます。

 そんなほとんどありえないような稀有な事象に対して、十分な準備をしておかねばならないという理由はありません。しかしこうした事件が起こったとき「親は気づかなかったのか」「担任は何をしていたのか」という疑問はどうしても付きまといます。

 1997年の神戸連続児童殺傷事件の際には、犯人の酒鬼薔薇聖人が小学6年生のころにつくった「真っ赤の絵の具で色をつけた粘土の塊に、カッターナイフを何本も刺した奇妙なオブジェ」について、某新聞が「担任はなぜこれを気味の悪いものとして退けたのか、そこには将来の大芸術家ダリに至る道筋がっあったのではないか」といった噛みつき方をしたことがありました。

 バカなことを言うんじゃない、訳のわからない作品をつくる人間は世界中に山ほどいるが、ダリになれる人間は百年に一人もいないだろう、そう思いながらも、「ダリ」ではなく、そこに殺人者となる道筋をみた大人がいても良かったなと考え直したりもします。

 果たして異常殺人者、シリアル・キラーは前もって発見できるものだろうか――。

【三人の先駆者】

 いま私の手元で簡単に調べられる大量殺人者、異常殺人の犯人は三人、宮崎勤酒鬼薔薇聖人を名乗った少年A、そしてアメリカのジェフリー・ダーマ―だけです。

 前二者についてはそれぞれ数冊の本を持っていますが、ダーマ―についてはその父親の書いた「息子ジェフリー・ダーマ―との日々」があるだけ。わずか三人に関する十冊足らずの書籍をもって何かを語るのはおこがましいのですが、結論から言えば、

 予兆はたしかにある、しかし気づくのは難しい、対処するのはさらに難しい

ということになります。

 三人に共通の特異なことは小学生時代から始まる動物虐待と死体に対する偏執です。

 宮崎は飼っていたカナリヤや十姉妹をいきなり踏みつけて殺し、土に埋め、時には改めて掘り出しては眺めたりしていました。

 少年Aは一方でサスケと名付けた飼い犬をかわいがりながら、他方でナメクジを何匹も解体したりカエルを解剖したり、やがて猫を殺し始めます。それも首を絞め、口から脳へナイフを突き刺し、腹を裂いて腸を引きずり出し、首を切り、足を切るという執拗さです。小学校5年生のころからのことです。

 同じ年齢のころ、ジェフリー・ダーマ―は自転車で近所をうろつきながら、動物の死体を拾い集めては墓をつくり、あるいは肉を削いで骨を収集し、杭に犬の頭部を突き刺して遊んでいたりしました。

 明らかに危険な兆候であるそれらの事実は、しかし裁判で明らかにされるまで親はもちろん、大人のだれ一人気づいていないのです。

 子どもは(特に男の子は)小さい頃、生き物を殺すことを苦にしません。ほとんどの子どもが虫や爬虫類、両生類などを殺して遊んだ経験を持っています。

 しかしそれとてせいぜいがヘビやカエルどまりで、四つ足の哺乳類を殺すとなると別です。そこがひとつの分水嶺です。

宮崎勤も猫殺しを告白していますがそれは26歳になってからのことで、幼少期の動物虐待については分かっていません。幼少のころ虫やカエルを捕まえては食べるということを繰り返し行っていたようですが、それが残虐性に結び付くかどうかはよくわかりません。

 3人とも最初の犯行の直前に大切な人との別れを経験しています。

 少年Aは彼を守ってくれていた祖母を(だだしそれは殺人ではなく、その前段階である猫殺しの端緒となった)、

 宮崎勤は彼を育ててくれた祖父を(ただしそのとき彼は26歳)、

 ジェフリー・ダーマーは母親を(ただし連続殺人はこのときの殺人の10年後から始まる)。

 前二者は死去によって、最後一人は離婚によってと、それぞれ微妙に異なった点もあります。

【幼少期】

 その子の本質的な側面が保育園や幼稚園の先生によって語られることは少なくありません。

 私はかつて、一村一校の中学校に勤めていた頃、生徒の対応に困ると保育園の先生に聞きにいくことがありました。小学校に上がってから教育によって見えなくなってしまった素の部分を、ご存知の先生方が多かったからです。

 中学3年生になって一端の不良のようになって偉そうにしている子が、保育園では神経質過ぎて心配な子だったといった話を聞くと、さもありなんと思ったりもしました。

 3人の先駆者について言えば、幼少期に「友だちがいなかった」という点で完全に一致します。

 ジェフリーの場合は、一年生の担任教師が本気で心配するほど内気で物静かな少年でした。

 宮崎の場合は、手に少し障害があったので、消極的なのはやむを得ないと見過ごされた様子も見られます。

 少年Aについては目立たない子ではありませんでしたが、「“子供は友達と遊ぶもの”という常識に従って遊んでいたもので、心から楽しいと思ったことはなかったようだ」といった複雑な観察が残されています。

 小学校のときの教師の記録ですが、この記述が事件後のものなのか担任していたころのものなのかは分かりません。前者だったら大したものです。

 3人とも両親の夫婦仲は良くありませんでした。ジェフリーの両親は離婚していますし宮崎の父親は母親を馬鹿にしきっていました。少年Aの両親については、そもそも 関係性が見えてきません。

 ジェフリーの幼少期、数学者だった父親は研究に忙しく、母親は心を病んでいました。

 宮崎の両親は小さな新聞社と印刷業を営んでいましたが、年じゅう忙しくて子育てどころではなかったようです。すべては祖父と知的障害のある青年に任されていました。

 少年Aの母親は専業主婦で、子育てはすべて彼女の責任でした。しかしAのあと立て続けに生まれた二人の弟に、心は移行していました。手のかからなかった長男(少年A)はしばらく捨て置かれたのです(少なくともAの主観では)。

 三人とも愛の少ない家庭に育った感じがあります。

【教室のシリアルキラーは見つけ出せるか】

 さてここまでざっと見てきて、私たちは何らかの見識を持つことができたのでしょうか?

 犯人たちの何かの共通点、何らかの対処法を見いだすことができたのでしょうか。

 宮崎勤が26歳で連続幼女殺人事件に手を染め始めたことを考えると、27歳で突然スイッチが入ったかのように見える白石隆浩も決して遅すぎるデビューというわけではなさそうです。

 男の子は三十歳近くになってもまだまだ腰が定まらないということなのかもしれません。

 結局ジェフリー・ダーマーの父親の言うように、

「親たちよ、子どもから目を離すな」

と、その程度の教訓しか得られないのでょうか。

 白石隆浩の今後をきちんと見ておく必要がありそうです。