「現代の分かち書き」~スマホで見られる紙芝居の話

分かち書き」というのは例えば、ひらがなしか学んでいない小学校1年生の教科書で、「きょうは がっこうで かきぞめを しました」というふうに、文節ごと(正確に言えばそうでない場合もある)に空白を入れて読みやすくする書き方を言います。
 ローマ字やかな文字だけで文を綴る場合は必ずそうしますし、そうしなければ読めないか読み間違いをすることが多くなってしまいます。例えば、“kyowagakkodekakizomeoshimahshita.”(上の文と同じ)はほとんど読めませんし、有名なところで、「ここではきものをぬいでください(ここで履物をぬいでください)」は「ここでは着物をぬいでください」と読み間違えます。
(この手のフレーズで私がもっとも好きなのは「乳がんは、男性にもまれながら発見されます《乳がんは男性にも稀ながら発見されます》」です)

 昨年娘が子どもを産み、その時の体験もあって以後、出産とか育児とかに関わるサイトやブログを見ることが多くなっています。
 妊娠や出産にまつわる困難や苦労というの話は以前から聞いてはいたものの、経験者の具体的な文章を読むと本当に凄まじいものがあり、さまざまに考えさせられたりもします。
 また育児日記のようなブログをあちこち訊ねると、赤ん坊というか人間の成長の個体差や親のあり方の差の大きさといったものにも驚かされます。1憶2千万人もの人口を抱える日本国内に、ほんとうに様々な親子がいるのです。

 そのことはいずれ書くとして、そんなふうにたくさんのブログを読んでいるうちに、若い母親たちの書きっぷりに不思議な類似性があることに気づきました。
 段落の転換で字下げがない、写真が入る、絵文字が入るなど、いかにもネットらしい表現はもちろんですが、とにかく膨大な空白行が置かれるのです。一文書いて10行分の空白、また一文書いて6行分の空白、写真、空白・・・といった具合です。「現代の分かち書き」ともいうべき書き方です。
(一般の人で例を挙げると問題もあるかもしれませんので、小倉優子というタレントのブログ『Yuko’s Happy Life』を挙げておきます)

 最初、どうしてこんな書き方をするのか、わけがわかりませんでした。乏しい内容を多く見せるためだろうか、ひと言ひと言が“つぶやき”であるような印象を出したいのだろうかと様々に考えたのですが、娘のシーナに聞いたらひと言で解決がついきました。
「あれ、スマホで見る紙芝居なの」

 私はふだんコンピュータでしかサイトやブログを見ないので気づかなかったのですが、スマートフォンで「現代の分かち書き」を見るととてもよくわかるのです。
 スマホの場合、画面のスクロールは指ではじいて行います。慣れてくると必要な分だけほぼ正確に動かせるようになります。その「必要な分」が「現代の分かち書き」の文のひとまとまりです。一群の文を表示させるとそこで止めて読む、そしてまた次の一文までまるごとスクロールさせる、すると何が起きるかというと、本のページをめくるような読み方ができるのです。  
 例えば何か製作物の写真をアップする際、
「さて、そのできあがりはいかがかというと・・・」
と書いて以下を空白にします。
 読み手は必然的にスクロールしなくてはならなくなりますから指で弾く、するとドンと画像が出て来るわけです。
 あ、なるほどスマホの紙芝居ね。

 「字下げをしない」「絵文字を多用する」といったネット表現を私は好みません。しかしこの「スマホの紙芝居」、ちょっとやってみたくなりました。