「息子の肩を、自分の肩で静かに押しながら、行き先を変える」~寄り添う③

 できることは、息子さんの進む道をゆっくりと曲げていくことです。それしかありません。それが1度でも右に曲がったら心の中で大喜びに喜び(顔に出してはいけませんよ)、次の1度を目指します。次の1度ができたらまた次の1度を、とそんなことを30回繰り返せば30度の変化です。そうなるともう少なくとも“悪徳の街”に入る危険性はなくなります。

 すでに手遅れの面もあるので“最高の街”にたどり着くことはありません。ありませんが、ずっと歩いて行くと新しい街が見えてきます。それはあなたの望む“最高の街”ではありませんが“悪徳の街”よりずっと良いところです。たくさんの人がそこで暮らしています。というより普通の人はその街の住人なのです。平凡で月並みですが、そこでは最低限の幸福が保障されています。その街で、人々はつつましやかな生活を送っています。いくつもあるそんな街を、 “幸福の街”と名づけましょう。今、目指すことのできるのはそういう街です。それで十分でしょ?

 そのためにお母さん、あなたは息子さん一緒に歩かなくてはなりません。一緒に歩きながらたくさん話をして息子さんの気持ちを”悪徳の町“から逸らさなくてはならないのです。息子さんが話に夢中になっても、あなたは冷静でいなくてはなりません。本来の目的は気を逸らすことではなく、“幸福の街”への道を歩ませることですから、息子さんの左に立ち、話に夢中な振りをしながら肩を寄せ、ゆっくりゆっくり、気づかれないように右の方に押していくのです。
 繰り返し申し上げますが、真意を悟られてはなりません。何といってもあなたのお子さんは素直さを失っていすから、意図がばれると逆らいかねないのです。母親の思うとおりに生きるなんてまっぴらだと思っている子を、思い通りにしようと言うのですからハンパな事業ではありません。じっくり密やかに事を進めましょう。

 話の内容は何でもいいのです。テレビの話でもゲームの話でも友だちのことでも。そして話すなかで、少しずつ、正しい生き方、正しい人生の送り方について話していくのです。それが”肩を押す”ということです。

 そのためにも、会話のできる親子関係を大切にしなくてはなりません。そうした関係を守るためにはたいていのことも我慢できます。
 “悪徳の街”の友だちに呼び出されたら、黙って送り出すしかありません。反対したって行く時は行きますし、それで親子関係が崩れたら元も子もありません。“友だち”が訪ねてきたら、抵抗せずに受け入れましょう。“悪徳の街”を肯定していると思われてもいけませんから歓待する必要もないのですが、そこでひと悶着起こしてお子さんといがみ合うのは、結局は損です。

 時間はかかります。しかし道はそれしかありません。
 それが「お子さんに寄り添って、一緒に考えましょう」ということの、具体的な意味なのです。

(この稿、終了)