「敢えてPCを壊す」~教員の子どもだけが立派に育つ時代の予感

先日、田澤先生とお話をしていたら、息子さんの通知票に書かれていた宿題の提出状況が悪く、怒り狂った田澤父親は息子の前でゲーム機を叩き壊した、という話が出てきました(勢いでソフトもぶち割ろうとしたら硬くて壊せなかった、そこが少々カッコウ悪かった……とも)。

 私もそっくりな経験があります。中3の受験期、息子が妻のコンピュータを持ち出し密かにネットに繋げて遊んでいることに気づき、怒り狂って息子の目の前でそれを床に置き、かかとで思い切り踏み割って見せたのです。何回も何回も、完全にケースが割れるまで踏み続けました。

 これは頭に血の昇りやすい、愚かな父親の物語というのではありません。事実、田澤先生が壊したのは壊しても本人以外の誰も困らないゲーム機ですし、私の妻のコンピュータはすでに代替の新しいものがあったのです(しかも床が傷つかないように静かに置いた)。そのあたりは冷静に計算済みです(ただし私の場合はデータの移送が完全に済んでおらず、復活するのがたいへんでした)。

 世の中には子どもがゲームやコンピュータに夢中になり、困っている親はいくらでもいます。その親たちの大半の対処法が「取り上げる・隠す」、それしかないことがなんとも不思議です。これだと何回でも「今度は絶対勉強するから」→「じゃあ返すから約束ね」→「やっぱりやらないじゃない!」の繰り返しです。こんなところに無駄なエネルギーを注ぐことはないと思うのですが。

 プレステ3、一個踏み潰しても3万円程度です。3万円で不毛な親子の戦いが終わらせることができればこんなに安いことはない、普通の教員はそういうものの考え方をします。そして実際に壊します。ただしそれは自分の子どもに対してだけであって、よそ様のお子さんにはしません。
 私は4歳になるまで二人の子どものお尻をやたらペンペンして指導しましたが、よそ様のお子さんを叩いたことは(ここ20年ほどは)まったくありません。それどころか怒鳴ることも稀です。

 考えてみるとこの20年余りは、自分の信念とする教育と違ったことを学校で行ってきた気がします。信念に基づいた指導は家庭でしかできなくなってきました。

 私は自分の子たちが可愛い。目の前の娘や息子が可愛い。しかし10年後、20年後の娘や息子も可愛いのであってだからこそ“お尻ペンペン”もPC破壊もしてきました。将来のこの子たちの人権を守るために、目の前のこの子たちの人権を多少毀損したのです。それは正しいことだったと思っています。

 しかし学校では(本来、将来のために実力をつけるべき学校が)目の前のその子だけを大切にするよう義務付けられています。

 もしかしたら将来、教育のプロである教員の子どもだけがきちんと育つ時代が来るかもしれません。しかしそれだって悪くないと(心の中にいる性格が悪い方の)私は思います。