「別荘の民」〜運の強国④

 1274年の11月と1281年の6月に暴風雨がなくても、モンゴル軍が北九州を制圧して瀬戸内海から東海道を経由し鎌倉まで攻め上がるとことはなかったはずです。なんといっても武士の時代で全国総武装、しかも百戦錬磨の戦士ばかり。一方敵はモンゴル軍と言っても主力はチンギスハン滅ぼされた南宋軍と高麗軍ですから意欲において違います。鎌倉までのかなり早い段階のどこかで止まり、モンゴル軍は引き返したに違いありません。
 しかし結果は同じでも、あのとき神風が吹かなければ被害はさらに甚大であったことも間違いないでしょう。モンゴル軍は神風に倒されたのです。
 京の公家たちはそれを自分たちが祈ったおかげだと信じましたがそれも間違いです。運が良かっただけです。

「『犯罪のおかげで利益を得る者がいたら、そいつが犯人』が鉄則なら、朝鮮戦争の首謀者は日本だ」
 そんなブラック・ジョークがつくられるくらい朝鮮戦争は日本の戦後復興を助けました。朝鮮半島の人々には申し訳ないのですがそれが事実です。しかしそれとて日本が仕掛けたものではありません。

 阪神大震災があと2時間遅く起きていたら被害はあの程度では済みませんでした。阪神大震災発生の2時間後は午前7時46分。通勤電車は満員で高速道路も満杯だったはずです。
 午前5時46分という絶妙な時間だったからあれで済んだのです(と言うと関東大震災は午前11時58分、昼食準備の真っ最中という最悪の時間に起きているではないかという反論があろうと思いますが――そういう不運もたまにはあります)。

 日本は、能力も実力もないのに運だけでやってきたというのではありません。能力も実力もある上に、さらに“運”まで味方しているということです。

 イザヤ・ペンダサンは有名な「日本人とユダヤ人」の中に『別荘の民・ハイウェイの民』という章を立て、極東で安穏とした暮らしをしてきた日本を、東西から蹂躙され続けたユダヤ人の視点から羨んで見せました。全くその通りでしょう。世界にはまったく運から見放されたとしか思えないような民族・国家はいくらでもあるのです。

 運の強国「日本」――この言い方には二通りの意味があります。
 ひとつは書店に溢れるばかりになっている「こんなにすばらしい日本」「世界に冠たる日本人」といった日本礼賛に対する警告です。そんなことはない、運もあったのだという意味です。

 もうひとつは“運”を手放すなということです。
 人間も、おそらく民族・国家もそうだと思うのですが、“運”に恵まれ続けるのは常に「自分は運に恵まれている」と信じる楽天家たちです。不幸や災害に出会っても「しかたない」とつぶやいて何度でも立ち上がれるものだけが“運”の享受者です。
 いつまでも他を怨み自身を嘆いているような者に、幸運は訪れないのです。

(この稿、終了)