「アメリカに抗う」〜賢い教育消費者の話⑥

 文化は高いところから低い方へ流れます。古代においてはナイル川河口から中流域・シナイ半島へ、ギリシャからオリエントへ、ローマからイスラエルエジプトへ、スペイン・ポルトガルから中南米・アフリカへ、そしてイギリス・フランスから全世界へ。19世紀以降はそれが次第に合衆国に移り、第1次世界大戦後は完全にアメリカの時代となりました。
 したがって多くの学者・学生がアメリカをめざしアメリカを手本にするのは無理なからぬことです。ただしすべての面でアメリカが正しいわけでも進んでいるわけでもありません。

 これについてもっとも有力な示唆を与えてくれたのは、20年も前に出版された「子育てのゆくえ」(副題「子育てをしないアメリカが予見する日本の未来」、松居 和、エイデル研究所 1993)という本の一節です。
(私は)家庭の問題に関して『欧米では』ときたら、まず反射的に『それは真似してはいけないこと』と考えるような癖がついている
 これを子育て全般に言えることとして、私は常に心の中に置いてきました。しかし考えるまでもなく、欧米、特にアメリカから子育てや教育を学んではいけないことは、最初から明らかでした。
 最新の「OECD生徒の学習到達度調査(PISA2012)」で「数学的リテラシー」「読解力」「科学的リテラシー」の日本の順位はそれぞれ「7位」「4位」「4位」です(上海・香港などを除く“OECD参加国別”では「2位」「1位」「1位」です)。ところがアメリカは「36位」「24位」「28位」にすぎません。全国学力学習状況調査実施の際に引き合いに出されたイギリスは「26位」「23位」「21位」です。

 つまり65人学級(PISA参加国・地域・都市の数)の中で、7位や2位に甘んじた「日本君」が20位以下の成績の「アメリカ君」や「イギリス君」に勉強のしかたを教えてもらっているのです。そこには「日本君」より成績上位の「上海君」や「香港君」「韓国君」は世界に知られた学歴主義大国なのでとてもまねできないし、「シンガポール君」には不正のうわさが付きまとっているのでこちらもまねできないという事情はあります。しかし「日本君」が生身の人間で「下の者の学習法をまねして成績を上げよう」と言われたら、怒る前に混乱してしまうはずです。

 では教育の三本柱のあと二つ「徳育(道徳)教育」と「体育(健康教育)」はどうかというと、これはもう比較する気にすらなりません。しかし「文化は(総合的に)高い方から低い方へ流れる」のです。これに抵抗するのはかなり大変です。

 アメリカ型経営理論「マネジメント」を日本の学校に取り入れようと考えたのはどこの愚か者でしょう。PDCAサイクル(Plan《計画》→ Do《実行》→ Check《評価》→ Act《改善》)で機能する領域など、学校内ではごくわずかです。それがうまく行かないことは本家のアメリカが証明しています(うまく行くようならPISAで20位以下に甘んじていることなどないでしょう)。
 教育成果の数値化といっても、これも適用範囲はごくわずかです。「健康教育でこういう指導をしたら平均体重がこれだけ減った」その程度に留めるべきです。

「ではどうやったら教育の成果を計ることができるのか」数字信奉者ならきっとそう聞きますが、そんなのは簡単です。
 毎年発表される少年犯罪の統計や数年おきに出されるPISAテストの成績で十分です。
「教育は国家百年の大計」と言いながら、毎年(毎時間)成果を確認しようとするところが間違っているのです。

(この稿、続く)