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「PISA2012」②〜フィンランドの凋落

 今回のPISAOECD生徒の学習到達度調査)2012年のひとつの特徴は、東アジアの国・地域・都市が圧倒的な力を見せたということです。上位の6か国(上海・シンガポール・香港・台湾・韓国・日本)は、いずれも“得点を伸ばした”上でのベスト6です。ところがその陰で、注目すべき別の現象も動いていました。
 フィンランドの凋落です。

 かつて学力大国として名をはせたフィンランドは、PISA2012では数学的リテラシー12位、読解力6位、科学的リテラシー5位とかつての輝きを失いつつあります。今回だけの特異な例ではありません。PISA2006を頂点として、数学2位→6位→12位、読解力2位→3位→6位、科学1位→2位→5位と確実に下がってきたのです。単に順位を下げたというだけでなく、得点自体が下がっています。
 かつて隆盛を誇ったノキアが、携帯電話部門をマイクロソフトに売り渡すこと決めたのと時を同じくして、フィンランドの学力の夏は終わって行くのかもしれません。

 2003年のPISA2003は日本に「PISAショック」と呼ばれる現象を引き起こしました。特に読解力の14位は屈辱的で、日本の子どもの学力低下を心配する人々の怒りに火を点けます。そしてこの時、数学2位、読解力・科学ともに1位というフィンランドが、がぜん注目されることになったのです。他の上位常連国・地域(韓国・台湾など)と違って学歴偏重・受験中心主義ではない国、北欧の落ち着いた雰囲気の中でなお世界一位を達成できる国、その謎を解くことが学力向上の決め手だと政府・財界・教育関係者のフィンランド詣でが始まったのです。

 しかし調べてみると――、授業日数は短い、夏休みは長い(約二か月半)、児童生徒数50人以下の学校が全体の40%(500人以上の学校はわずか3%)、その小さな学校に看護師・心理カウンセラー・アシスタント教師など大量の教職員を配置し、政府の教育支出はGDPの6%で日本の3・5%を圧倒している、教育内容は地方分権的で中央は口を出さないなど、日本がマネをできないことばかりだったのです。

 わずかに「教員は修士であることが義務付けられている」が導入できそうな内容でしたが、これとてフィンランドの特殊事情。大学の就学費用全額無償、一人暮らしの学生には月5万円の補助金が出るといった制度のもとでは教育学部のみならず、すべての学部でほとんどの学生が修士課程まで終えて卒業しているのです(学士3年、修士2年。しかし現実には6年以上かけて卒業する学生がほとんど)。ですからこの制度の本当の意味は「高卒では教員になれない」というだけのことです(ただしアシスタント教師など“講師”の仕事は高卒でも可)。

 日本で教員の基礎資格を修士にしてしまえば、あっという間にとんでもない教員不足が発生してしまいます。日本の場合、教員は高収入でもステータスでもなく、定年を過ぎても稼げる職業ではありません(その点で6年制の医師や薬剤師とは異なります)。2年も余計に学費を払い2年分の収入を捨ててまでも就くべき仕事ではないのです。

 PISA2012におけるフィンランドの凋落のおかげで無意味なフィンランド詣ではなくなることでしょう。それでホッとするのはむしろフィンランドに手本を求めた人たちなのかもしれません。

 ところでなぜフィンランドはトップの座を明け渡したのか。
 フィンランド本国では、極端な平等主義がいけないだとかエリート教育の不足だとかさまざまに言われ始めていますが、私自身は次の説明が分かりやすいと思っています。
「2000年〜2006年の成績は1980年代から始まった教育改革の最初の成果であって、それが思いがけなく『世界一』を取ってしまったために緊張感を失い、傲慢になり、教育予算を削ったりする中で凋落傾向を深めた」

 また個人的には、フィンランドは10年来、『児童生徒数50人以下の学校が全体の40%』という状況を改善すべく、小中学校の統廃合が進んでいる(つまり個々の学校を大きくする)という話を聞いていますので、それがどう影響したか、気になるところです。