「人生のピーク」1

 教職はサービス業だという言い方に終始反対してきました。農林水産業ではなく鉱工業でもないという意味での“サービス業”――それだけの話なら受け入れてもいいですが、学校と一般のサービス業を同一視するのは、むしろサービス業の側に失礼です。
 だいたい多く支払う者も少ない者も、同じように高レベルのサービスを受けられる――受けて当然と考えられるサービス業など、普通はありません。同じホテルで1万円の部屋と20万円の部屋が同じで、食事や接客も同じだったら20万円の客は納得しないでしょう。
――と、そこから話を始めると長くなるのでここは一点、「学校はアフターサービスもアフターメンテナンスも、基本的に一切行わない」という、それだけに絞ってお話しします。

 学校は、義務教育だけでも事業所(授業所と書くべきか?)25000。従業員(教職員)70万人、顧客(児童生徒に限って)1000万人という巨大組織です。それなのに商品のアフターサービスもアフターメンテナンスも一切、行いません。
 自動車なら6ヶ月点検・1年点検があり、住宅なら10年・20年という節目に点検サービスが入ります。ところが、「教育の成果は10年20年という長いスパンで見なければ分からない」とか言いながら、学校は10年点検、20年点検などの調査をまったく行わないのです。サービス業としたら最低です。
 それで、「だから学校はサービス業ではない」という話にして切り上げるところなのですが、実際、内心、それでいのかという気持ちがないわけではありません。自分たちが教育した子がどうなっていくのか、それを全く知らないというのはプロとしていかがなものかという思いが、ずっとあったのです。
 自分たちがしたことは正しかったのか、あのころ予測したことは合っていたのか、翻っていま教えている子どもたちに、生かさなければならない重要な課題は残っていないのかということです。

 幸い私は中学校と小学校の両方に経験がありますが、その際とても役に立ったのは「中学校に行けばああなるから小学校ではこうしておこう」とか、「小学校ではこうだったから中学校はここから始めるべきだ」といった見通しがついたことです。しかし「こういう子は10年後・20年後にああなるから今はこうしておこう」といったことはまったくなく、ただ経験知を頼りに、正しいと信じる道を歩んできただけです。ほんとうにそれでよかったのか。
 まめな教員だと卒業生を出すたびに同級会組織をしっかりとつくり、児童生徒の事後調査をきちんと続けているのかもしれませんが、私はそういうタイプではありません。

 ほんとうにあの子たちはどうなっているのか――。
 そう思い悩んでいたら2か月ほど前、一本の電話が入りました。かつての教え子が40歳になった記念に同窓会を開くというのです。成人式の際、そして30歳過ぎのときに、それぞれ大規模な同窓会を開いた、私の教え子としては珍しく後追いできている子どもたちです。
 それが先週の土曜日、卒業した学校のある地元のホテルで行われたのです。

(この稿、続く)