四神

 偶然ですが、昨日、「待ちぼうけ」について書いたら、今日1月25日は北原白秋の誕生日でした(明治18年[1885])。私はこの人についてほとんど知らないのですが、調べてみると「ゆりかごのうた」「砂山」「からたちの花」「この道」「ペチカ」「あわて床屋」「待ちぼうけ」「城ヶ島の雨」「ちゃっきり節」といった私たちには馴染みの歌の作詞者として名が出ています。やさしい詩を書く人ですが、生活の方はかなりいい加減な人だったみたいです。

 さてこの北原白秋ですが、私は「白秋」という興味があります。どんな思いでこの号をつけたのか、もし分かるようなら調べたいのです。というのは「白秋」がかつて高松塚古墳で有名になった四神(しじん)と関わりがあるからなのです。

 四神というのは天の四方を守る四つの獣神(青龍・朱雀・白虎・玄武)です。この四神は四方、四季、四つの色彩に対応し、それぞれ川・沼(池)・大道・山に姿を変えて伏しているといいます。

  青龍・・・東・春・青・川        

  朱雀・・・南・夏・赤(朱)・沼(池)

  白虎・・・西・秋・白・大道       

  玄武・・・北・冬・黒・山

 また、人生を四季に例えて「青春(若い時期)」、「朱夏(壮年期)」、「白秋(熟年期)」、「玄冬(老年)」と分けるのもこれに由来します。北原白秋はそこから号を採りました(ただしなぜ10代の北原青年が「白秋」を名乗ったのか、そこは聞いてみたいところです)。

 この四神信仰は生活の隅々まで行き届いていたようで、平安京は東に鴨川、南に小椋池(今はない)、西に山陰道、北に船岡山という四神がしっかりと守っているような土地に造られています。これを四神相応(しじんそうおう)といいます。平安京の最南端の門を朱雀門というのもそのためです。

 江戸の町も四神相応を90度回して、北に利根川、東に江戸湾、南に東海道、西に富士山という場所に置かれたと説明されています。また神事の場でもある相撲の土俵も、上を見上げると四つの色を配した大房が垂れており、勝負の決まった場所を示すのに「白房下」とか「赤房下」とかいった言い方で説明します。

 確認はできていないのですが、江戸時代の捕り物では最後に罪人を捕縛するのに、春だったら青い縄を使って罪人を東向きに座らせ縛ったといいます。また江戸末期の会津藩では武家の男子を年齢別に「17歳以下」「18歳から35歳まで」「36歳から49歳まで」「50歳以上」の4隊に分け、それぞれ「白虎隊」「朱雀隊」「青龍隊」「玄武隊」と名づけました。白虎隊の悲劇は私たちの良く知るところです。

 この四神信仰の話はけっこう私の得意技で、平安京の成り立ちのところでは必ずあつかって生徒を驚かせていたのですが、1990年ごろから何か様子が変わってきてしまいました。四神に関して私の知らない知識を振り回す子どもたちがたくさん出てきたのです。

 実はこの四神キャラ、多くの人々に魅力的だったようで、コンピュータゲームの中に繰り返し現れるようになったらしいのです。さらに『五星戦隊ダイレンジャー』のようにそのままテレビ番組になるに至って、私のマニヤックな知識も軽薄なアニメ・ゲーム・オタクみたいな感じになってしまい、以後、この話をするのはやめてしまいました。