「待ちぼうけ」のウンチクと不登校

待ちぼうけ
      詞 北原白秋

待ちぼうけ、待ちぼうけ          待ちぼうけ、待ちぼうけ
ある日せっせこ、野良稼ぎ         今日は今日はで待ちぼうけ
そこに兔が飛んで出て           明日は明日はで森のそと
ころりころげた 木のねっこ        兔待ち待ち、木のねっこ

待ちぼうけ、待ちぼうけ          待ちぼうけ、待ちぼうけ
しめた。これから寝て待とうか       もとは涼しい黍畑
待てば獲物が驅けてくる          いまは荒野(あれの)の箒草(はうきぐさ)
兔ぶつかれ、木のねっこ          寒い北風木のねっこ

待ちぼうけ、待ちぼうけ
昨日鍬取り、畑仕事
今日は頬づゑ、日向ぼこ
うまい切り株、木のねっこ

 この歌をすべて歌える人はそうは多くはないでしょう。そしてこの歌の元となった話を知る人はさらに少ないように思います。私もつい最近知りました。

 これは中国の思想書韓非子』(紀元前250年ごろ?)の中にある「守株待兔」(しゅしゅたいと)という話がもとになっているのだそうです。
 それによると、

 昔、宋の国に、ひとりの農民がいた。ある日耕作をしていると彼の田んぼの隅の木の切り株に一羽のウサギがぶつかって首の骨を折って死んでしまった。農民はそれを家に持ち帰り鍋にして食べたが、これに味を占めた男は次の日から鍬を捨て、またウサギが来てぶつかるのではないかと待ち続けるようになった。しかしそのようなことは二度となく、田畑は荒れ、農民は国の笑い者になった

 そこから「守株待兔」は、「うまくいった昔の政治をそのまま用いることなく、時代に合わせて変えるべきだ」という意味で使われるのだそうです。

 私には、この話をもっと早く知っておけば使える場面がたくさんあったのにと惜しむ気持ちがあります。それは不登校の指導に関してです。

 韓非子の農民はただ待っていたからいけないのです。もし切り株に向けてウサギを追い込むような仕掛けをつくっておけば国の笑い者になることなどなかったはずです。

 同様に「不登校の子に対しては、本人を信頼し、その子のエネルギーの貯まるのを待つ」というやり方も、何の手も打たずに待つから私は我慢がならないのです。何の仕掛けもないのに天から幸運が舞い込んでくると思うほど私も楽天家ではありません。

 待つには待つだけの根拠がなくてはなりません。
 私がいつも感じていたのはそういうことでした。