「緊箍児(きんこじ、別称「金剛圏」)」

 昔、事務の先生と「ほんとうに何の体罰も制約もなしに、子どもって育てられるものかなあ?」という話をしていたらその先生が、

「そうですよねェ、あのお釈迦様だって孫悟空の頭に金の輪っかをつけなければ言うことをきかせられなかったんですものねェ」

 と言うので、こけて笑いました。

 確かにお釈迦様でもできないことを私たちはしようとしているのかもしれません。

 さて、この前も少しお話しましたウチの「残念寝太郎」、私の朝は彼との戦いから始まります。とにかく起きない息子です。

 午前6時に内線電話のコールで呼びだすと、何とか起きて2階の部屋から下りてくる(ここまでは躾けました)。そしてコタツに入ってまた眠る。

 ここで以前はガンガン大騒ぎをして食卓に着かせたのですが、食事が早すぎると出発までにまた寝てしまい、結局間に合わないことも多いので最近は6時10分まで我慢しています。6時10分に怒鳴り散らしようやく椅子に座らせるのですが、そこでもウツラウツラしてなかなか食が進みません。

 家を出るのが6時37分ですので朝食時間が15分を越えると危険水域で、6時半までかかると7分で出発しなければならなくなります。

 しかし実際に危険なのはむしろ早く食べ終わったときで、余裕があると食器を片付けてまた寝てしまう。そうなると起こすのがさらに難しくなります。そしてその結果3日に1回は、我が家は騒乱状態になってしまうのです(私がとんでもなく怒鳴り散らすので)。

 妻は私が怒るのも息子の不機嫌な顔を見るのも嫌がります。その上で親子関係が破綻して、子が家を飛び出したりまったく言うことをきかなくなるのではないかと心配します。

 しかしこの点について、私は少し自信があるのです。

 孫悟空の頭についている金の輪っかは「緊箍児(きんこじ)」と言います。息子は2〜3歳のころ自分のほんとうの親は「猿」だと信じて育ちましたが、その猿息子の頭に、私は見えない緊箍児をつけたつもりでいるのです(ちょうど妻が私の首に「見えない首輪」をつけたように)。

 小さなころから病気がちでしかも怪我も尋常ではなかった息子に対し、私はたいへんな時間とエネルギーをかけてきました。参観日も保護者懇談会もそのほとんどに出ています。愛情もたっぷりかけました。そうした愛情の蓄えが、ギリギリのときに息子の頭を締め付け、やってはいけない最悪のことを回避させてくれるのではないかと私は信じているのです。

 だからこそ逆に、何か我慢ならないことがあると怒鳴り散らすこともできます。そのくらいのことで親子関係が破綻するはずがないと思っています。

 もしかしたらそれは単なる過信で、見えない緊箍児はいざという時も発動しないかもしれません。

 しかし少なくとも現在、厄介な息子相手に弱気にならないですむのは、自分がすべきことをしてきたという自信のおかげですし、子ども相手に弱気にならずに済むのはかなり有利なことです。

 それだけに頑張ってきてよかったな、と今は思っています。