カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「まず寝なさい。そして食べなさい」~ここ一番というときに、最も効果的な指導ができるように

 200万部ものミリオンセラーとなった「だからあなたも、生きぬいて」(講談社、2000)の著者大平光代さんは16歳でヤクザの妻となり、離婚後29歳で弁護士、38歳で大阪市助役、44歳で龍谷大学客員教授に就任というとんでもないツワモノです。
 背中一面に刺青があるそうですがそうした人生経験はさておき、司法試験に一発で合格するような頭のよい人に「私もがんばった、だからあなたも生きぬいて」と言われても何か、かえって士気は下がる一方です。しかしそれにしても、すさまじい人生譚とし、読むに値する本とは思います。

 さて、ところでこの人の転機となったのは離婚後クラブホステスをしていた時代に父親の友人と再会し、その人の強い勧めによって立ち直ろうとしたところからだとされています。その魔法の「勧め」が何であったかは、実は「だからあなたも、生きぬいて」を読んでもよく分からないのです。具体的な説明が不十分なこともありますが、何か特別な言葉が使われたという気がしてきません。
 そこでふと思ったのは、実はその「父の友人」はそんなに大した話をしたわけではないのではないかということです。私も長く生きてきましたから、相手が子どもならまだしも、もう十分に大人になってしまった人間の生き方を180度変えてしまうような特別な言葉、普通の人には思いつかない視点というものは、そうはないと知っています。
 「目からウロコ」という言葉はあるにしても、大人を変えるのは容易ではありません。だとしたら次に考えられるのは、言葉の受け手である大平光代さんの立場です。

 思うに「父親の友人」が強く語った言葉の多くは、すでに別の人によって繰り返し彼女の耳に入れられていたのではないでしょうか。12歳のとき、16歳のとき、あるいは20歳のとき、それぞれ同じような言葉は大平光代の耳に注ぎ込まれていた、しかし彼女の側にそれを受け入れ、爆発的なエネルギーを発揮させるような心の準備や環境の整備がなかったということです。「熟し柿は落ちる」という言葉がありますが、発火するためには十分な温度上昇がなければなりません。十分温度が上がっているところに、「父の友人」が火をつけたのです。

 私たちは日ごろからたくさんの価値ある言葉を児童生徒に浴びせかけます。しかし浴びせた言葉の量ほどには子どもは伸びません。それはたぶん子どもの側に十分な準備や成熟がないためです。もちろんそうした準備や成熟を促すのも私たちの仕事ですが、教育は私たちだけでしているものではなく家庭や地域、テレビやインターネットによって促されます。私たちの知らないところで、子どもが発火点に達している可能性も大いにあるのです。そうなると最もだいじなことは、子どもがそこまで達していることを見抜くことと、その瞬間に間髪を置かず一番重要な言葉や支援を与える能力と言うことになります。

「ここ一番のとき」と「ここ一番の言葉」というものがあります。それはもしかしたらその子にとって人生に一回しかない大切な瞬間かもしれません。その瞬間に私たちがなすべきことをなせるかは、常日頃の勉強とともに、その瞬間に全エネルギーを注ぎ込める体力があるかどうかにかかっていると言えます。

 教師は学ばねばならないのと同時に健康でなくてはなりません。十分寝てよく食べることも教師の重要な仕事だと思うのはそのためです。