「人はいくつまで生きるべきなのだろう」~亡くなった年下の元同僚の無念を想う

 年下の元同僚の訃報を新聞で知った。
 若すぎるほど若いという年齢でもないが、十分に生きたとも言えない。
 人はどれほど生きたら一応の満足を得られるのだろう。
 それにしても定年前はダメだ
 という話。(写真:フォトAC)

【年下の元同僚が亡くなった】

 紙の新聞というものをほとんど読まなくなってずいぶんになります。速報はネットニュースでかなり見て、詳しい内容や解説はテレビで見てしまいますので、朝刊が届くころにはたいていのことは分かってしまうからです。それでも朝は1面からざっと目を通し、めぼしい記事があったら拾い読みし、地方版については少し丁寧に見出しを確認して、最後に1ページだけ、かなりゆっくりと内容を確認します。いわゆる「おくやみ欄」、死亡広告のページです。

 若いころは必要なかったのですが、ある程度の年齢になってからは恩のある人が鬼籍に入ることもあって目が離せないのです。もっとも毎日確認しても役に立つことは年に1~2回。年間360日以上はムダになる作業ですが、見つかれば「見落とさずに済んで良かった」、見つからなければ「誰も書かれてなくてよかった」とそんな気持ちで見ています。ところが先週金曜日、そこによく知る人の名前を発見しました。私より10歳も若い教員で、今年10月17日記事にした人です。

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 さっそく当時の学年主任に電話をかけて何か事情を知らないか尋ねたのですが、私以上に関係が疎遠で、病気をしていたこと自体ご存知ではありませんでした。教員はいつも子どもの方を向いて横を見ませんから、同僚同士で仲良くなるとか関係が長く続くとかいったことがあまりないのです。私のように40年近くも年賀状のやり取りをしている方が珍しいのかもしれません。

 ご遺族を慰めるために葬儀に駆けつけようとも思いましたが、家族葬との記載があり、奥様とも一度会っただけなので弔電を打つにとどめました。あまりにも遠くにお住まいで、今後も支えていくということができそうにありません。

【人はいくつまで生きるべきなのだろう】

 ハムレットの「生きるべきか、死すべきか・・・」と同じように、誰でも知っている有名なセリフというのがかつての日本にもいくつかありました。そのうちのひとつが徳富蘆花の「不如帰」一節、
「あああ、人間は何故死ぬのでしょう」
です。肺を病んだ主人公の浪子が、夫の川島武男に嘆き訴える言葉で、そのあとには「生きたいわ! 千年も万年も行きたいわ!」と続きます。
 素人が真似をしたがるセリフ、ということで常に陳腐な印象が付きまといますが、20代の女性が死に瀕して訴える言葉ですから、そう考えるとやはり重みを感じないわけにはいきません。しかし人はいくつになるまで、この「生きたいわ!」という気持ちを持ち続けることができるのでしょうか?

 今年95歳になった母はさすがに「もう、いつでもいい」と言っています。しかし100歳と97歳の姉が残っていて、それより先に死ぬのは悔しいみたいです。
 12年前に87歳で死んだ父は最後までその気はなかったようで、何の準備もせずに逝ってしまいました。数年後、母の弟にあたる叔父がガンのために75歳で亡くなりましたが、ずいぶん抵抗した割にはきちんとしていて、死後のことはすべて書面に残して逝きました。立派だとは思いました。
 私は一度経験していますから、おそらく死ぬときもジタバタせずに済むでしょう。書類等の準備も一応できています。しかし“すべてこれで良し”と満足感をもって死ぬかどうかは分かりません。いまならむしろ満足ですが。

【せめてたくさんの教え子たちの言葉に送られて――】

 何だか堂々巡りをしています。想像するのが嫌なのです。
 定年間際に早期退職をして、本当に大切にしていた奥様と二人の未婚のお嬢様を残し、まだ50歳代で亡くなったかつての同僚の無念を、考えたくはないのです。
 
 新聞のお悔やみ欄を見ていると、どうやら病気や事故にでも遭わない限り、ひとは85歳くらいまでは健やかに生きるもののようです。そこから全体としては急坂を転げ落ちるように状況が悪化し、ひとり、二人と零れていきます。だからおそらくそれ以前に亡くなるのは、やはり十分生きたとは言えない。ましてや50代は早すぎる年齢です。
 
 せめてたくさんの教え子たちの言葉に送られて、安らかに旅路を歩み始められるようにと、私はフェイスブックを通じて繋がりのある教え子に連絡し、元同僚のクラスの子に情報が届くよう依頼しました。
 たくさんの悔やみが届くといいのですが。