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「残業手当があるのに異常な時間外労働は減らないじゃないか」~官僚が教える“残業代が出ても残業が減らないワケ②

 給特法を廃して残業手当を設ければ、労務管理も進み、
 教師の生き方も今よりずっと人間的なものになるだろうと言う。
 しかし国家公務員を見よ、
 彼らは残業手当があっても働くことをやめないじゃないか。
という話。
(写真:フォトAC)

【残業手当があるのに異常な時間外労働は減らないじゃないか】

 6月11日のNHKクローズアップ現代「悲鳴をあげる“官僚”たち 日本の中枢で今なに」では、1日23時間労働というまさに殺人的労働を強いられる官僚の姿を紹介していましたが、その収入面については何も語っていませんでした。私はそこに興味があります。
 というのは「給特法反対。いわゆる『定額働かせ放題』を廃して学校にも残業代を」と主張する人たちは、お金が欲しいのではなく「残業手当の創設こそが教員の時間外労働を抑制する唯一確実な方法だ」と考えているからです。でも残業手当があるはずの国家公務員だって過労死基準を大きく上回る150時間という人もいるじゃないか、100時間を越える人たちが霞が関に5,500人もいるじゃないか、というのが私の大きな疑問です。
 霞が関はこの点でどうなっているのでしょう?

【国家公務員の残業代】

 国家公務員の残業手当について調べると、人事院国家公務員の諸手当の概要(1/2
の2ページ目の左上に「超過勤務手当」という項目があり、そこに詳しく書いてあります。ただこれだと具体的な計算がよく分からないので、別サイトから数字をお借りして、
例えば、月額の給与が手当も含めて30万円で、1週間当たりの勤務時間が38時間45分の場合、
30万円 × 12カ月 ÷ (38時間45分 × 52週間)= 360万円 ÷ 2,015時間=(勤務1時間当たりの給与額は)約1,786円。
月の超過勤務時間数が10時間だった場合、
1,786円 × 125/100 × 10時間= 超過勤務手当は約22,325円
(以上、資格合格パートナー「スタディング」より)
となるのだそうです。

 教員の調整額は「本給」だけを基礎とするのに、国家公務員の残業手当は「他の手当も含めた月額給与」を基礎とし計算するのは、それだけでも不公平な気もしますが、とりあえず本給が30万円という、上の国家公務員よりもややレベルの高い教員を想定して、その4%は1万2000円。これは8時間の超過勤務に相当するといいますから教員の1時間あたりの給与額は1,500円ということになります。1,786円の国家公務員(初級・中級職も含む)と比べて、ずいぶん舐められたものです。しかも国家公務員の方は計算式に(× 125/100)などいう不思議な数が入ってきて収入はさらに増えて行きます。教員には(× 125/100)がありませんので10時間の残業手当は(それがあるとしても、)
 1,500円 × 10時間=15,000円
 22,325円の国家公務員に比べて7,325円も安い――。ホント、舐められたものです。

【時間外労働150時間の官僚の残業代は?】

 さて、昨日話を聞いた一日の労働時間が23時間の日(午前6時~翌朝午前5時)があるという官僚の中には、一カ月の時間外労働時間が150時間を越える人もいたりするようです。仮にそれが、手当を含む給与が30万円という若い官僚だとして、彼らの残業手当はどう計算されるかというと、
 1,786円 × 125/100 ×150時間=334,875円 !!
 なんと残業代が諸手当を含む給与月額よりも大きくなってしまうのです。総額で月額634,875円。これならやる気も出ます。休養は国会閉会中にまとめて取ればいいのですから官僚の皆さん、鬼になって頑張りましょう。
――と言いかけて、この334,875円の残業代、ほんとうに出してもらえると思います?
 
 もちろん残業手当は青天井ではありません。言い値で出していたら何のための「身を切る行政改革」「聖域なき行政改革」か分からなくなります。残業代にも当然、制限がかかります。どう制限するのかというと――。

【国家公務員の「働きに応じた定額働かせ放題」】

 一般的には「月の残業時間上限20時間」とかにしてしまう方法が考えられます。ある部署の人数が100人なら、20×100=2,000で、2,000時間に相当する時間外手当の予算をつけておけばいいのです。
 ところがこのやり方だと、残業時間20時間未満が一人でもいると、その分の予算が余ってきます。もちろん余ったら返せばいいのですが、公務員はこの「余ったら返す」がとても苦手なのです。返したら翌年減らされてしまうという恐怖がとても強くて(また、普通は実際に減額される)、予算を使い切ろうと年度末に急に工事が増えたり備品購入が増えたりするのはそのためです。

 残業代も同じ扱いを受けます。上限20時間と決めるのではなく、働きに応じて、毎月(というのは、残業手当はボーナスのように一括という訳にはいかないからです)月ごとの予算を分配し、使い切ってしまうのです。

 例をあげると、150時間の時間外労働を強いられていたある官僚の給与明細に書かれた「時間外労働(残業)」の時数は「50時間」だったそうです。「今月は50時間分だけ払える、あとの100時間分は無視する」ということです。その50時間が、周囲の就労状況によって51時間になったり49時間になったりするわけです。
 もちろん50時間分の残業代は先ほどの計算で111,625円ですから大した金額ですが、本来もらうべき残業代に比べたら三分の一にしかなりません。さらに言えば、50時間と150時間は決定的に違っていて、50時間だと健康に生活できる範囲ですが、150時間は過労死基準をはるかに越えて明日死んでも不思議のない状況に追い込まれているのです。

 以上、見てきたように国家公務員の残業手当は「時数に応じて差をつけた定額働かせ放題で、だから時間外労働が月150時間などということも平気で起こります。必要な仕事が過剰にある限り、人を増やさなければ何をやっても時間外労働はなくならない。どっちみちその仕事は誰かが命を削ってやらなくてはならないということなのです。

【シミュレーション、教員に残業代の出る日】

 調整手当の10%以上の増額――財務省は公式には「そんなもの、やるか!」とか言っていますが、おそらく話はついているのでしょう。結局しぶしぶと、それだけの予算はつけてもらえるはずです。ただしあまりにも反対の声が大きければ調整額の増額はやめて、その分の予算で残業代を生み出すことも可能です。

 例えば、管理職を除く教員数10人の学校を想定しましょう。全員が基本給30万円だとします。すると現在は30万円の4%の10人分、つまり毎月120,000円が調整額として学校に渡されているのと同じ状況が生れます。それが10%になると(ここでは便宜上10%ぴったりとします)300,000円が渡されたも同じです。調整額をやめて残業手当に移行するなら、残業時間に応じてこれを分配すればいいのです。

 ある月、10人中5人は育児や介護のために1秒の残業もできず、残りの5名がそれぞれ150時間、100時間、100時間、100時間、50時間の残業をしたとします。この場合は渡された30万円を残業した時数の比、つまり3:2:2:2:1で分配してそれぞれ9万円・6万円・6万円・6万円・3万円となります。
 もっとも150時間も働いた人が9万円では時給換算で600円。高校生アルバイトよりも低くなって腹も立ちますから説明としては別の方法をとります。先ほど計算した教員の残業代=時給1,500円を使って9万円を割り「60時間」。「実際には150時間働いたのに60時間しか認めなかった(予算がないから)」という形を取ることするのです。もちろん不満は残りますが、調整額10%のもとでは150時間働いても3万円(現在は12,000円)しかもらえない人が9万円、一番低い50時間の人でも最低の3万円が入りますからこれで良しとしましょう。今度こそメデタシ、メデタシ。

【みんなが不条理に泣く】

 あれ? ちょっと待った、誰か忘れてません?
――そうです。育児や介護で1時間の残業もできなかった5人の先生方、この人たちには1銭も渡らないどころか、調整額制度がなくなったために4%の時代にもらっていた12,000円も消えてしまうのです。
 彼らにどんな罪があって給与が減らされたのでしょう?
 言うまでもなく「育児」だの「介護」だのと言って仕事を全部持ち帰りにし、深夜、目をこすりながら仕事をする道を選んでしまったからいけないのです。

 もらった人たちにも不満は残ります。150時間も働いているのに60時間の見積もりなのですから。こんな欺瞞、許されるのでしょうか? ――と言えば政府官僚はこう答えるに違いありません。
「その不条理、まず中央官庁で直してから、あとで考えようね」
(この稿、終了)