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「救急車を呼ぶ作法」~飲み会ひとつで始まったいくつかの事件③

 実際にやってみないと分からないことがある。
 しかしすべてを経験済みにするともできない。
 要は想定と想像力と練習だ。
 家人が倒れたら、路上で人が倒れたらどうするか。
という話。(写真:フォトAC)

【緊急通報の作法】

 NHK不定期ドキュメンタリー番組「エマージェンシーコール ~緊急通報指令室~は119番(緊急指令室)にかかってくる電話の通報者とオペレーターのやり取りを通して、会話だけで現代の世相を描こうというものです。次回の放送は2/11(日)と12(月・祝)だそうですから、興味のある方は見てみるといいと思います。
 普通の人は通報訓練などすることがありませんからどうしても慌てる、慌てて必要な情報が伝えられない、もし伝えられないために対応が遅れたりするとやはり悔いが残ります。それによって亡くなる人が出たりすると生涯の傷となるかもしれませんから、日ごろから緊急通報をすることを見越して、心の隅で気に留めておくとよいでしょう。その意味で「エマージェンシーコール」はとても参考になります。
 電話をかけるとまず、「はい、119番消防指令センターです(消防です。◯◯消防署です等)。火事ですか救急ですか」と訊かれると承知しているだけでも、あとの受けごたえは違ってくるはずです。

【緊急通報訓練の経験】

 私の場合は教員でしたから、何度か通報訓練として119番に電話したことがあります。訓練ですから落ち着いてできると思ったのですが、初めての時はいきなり住所を訊かれてしどろもどろになったことがあります。学校の住所なんて気にしたことがありません。すると次に、
「近くに目印となる建物はありますか?」
《いや「学校」こそが目印となる建物だろう》
 そう思ったのですが、向こうもあらゆる場合を想定して杓子定規に訊ねているのでしょう。たまたま近くに大きな病院のある学校でしたので、答えることができましたが、これが通りがかりの火事や事故だったら、まず何か目印になる建物を探さなくてはいけないのだと、こころに銘記しておきました。
 ついでですが不審者が学校に入り込んだ際に、119番ではなく110番に電話して「不審な人が・・・」というと、
「逮捕ですか、保護ですか」
と返されました。ああこれが110番の定番のひとつなのかと、これも心にしまい込んであります。

【緊急通報の実際】

 先週の土曜日、ベッドから落ちて動けなくなった母を、私たちが運べそうにないと分かって119番に電話したときも同じでした。まず「火事ですか救急ですか」と聞かれます。
「救急車をお願いします」
というと、
「どうされました?」
となり、
「96歳の母がベッドから落ちて腰を打ったみたいです。痛がって動かせないので、緊急搬送をお願いします」
「住所をどうぞ」
というので、さすがに母の家の住所は知っていて言うと、
「◯◯さんのお隣ですか?」
 おそらく住所を言ったところで地図アプリか何かを開いているはずですが、お隣さんの名前がすぐに出てきたのは、前に行ったことがあるからかもしれません。
「そうです」というと、
「詳しいお話を聞かせてください」
ということになります。
 私は「エマージェンシーコール ~緊急通報指令室~」を見ているのでその間に何が起こっているのか承知しています。とりあえず救急車を目的の住所に出発させてしまうのです。私の話している内容は、キーボードを通してコンピュータに蓄積され、その情報を救急車内の隊員たちも見て、到着後の対応をシミュレーションしているに違いありません。
 オペレーターが長々と質問してくるので《早く救急車を寄こしてくれよ》といった気持ちになるかもしれませんが、もう出ているのです。

【新たに知ったこと=担架の使い方と救急車の乗り心地】

 救急車はほどなく到着し、母はテレビでよく見る救急用の担架に乗せられて車に運ばれます。あんなに痛がるのをどうしたかというと、スノーボードみたいな例の担架は中央から縦に真っ二つに割れ、左右から母を挟んで救い上げるように乗せて再び合体させるのです。そのあと体をあれこれ静かに動かして、一番痛みのない体位を探してベルトで固定します。
 ずいぶん丁寧に時間をかけてやるなあ、急がなくていいのかなあと思っていたら、あとで理由がわかります。救急車というのはとんでもなく乗り心地が悪く、しっかり固定してやらないと痛みのある患者はたまらないのです。
 さらに救急車自体が事故に遭う可能性も考えなくてはなりません。「救急車に乗らなければ助かった命」などといったことになったら大変です。
 運転手の肩越し前方を見ると一般車は鮮やかに道を譲ってくれますが、中にはサイレンに気づいていないのか一生懸命逃げているみたいな車もあり、うっかり交差点に飛び込みそうになる車もありました。救急車もやはり安全な乗り物ではないようです。

【不運の中にも運】

 病院につくと母はすぐに処置室に、私はさまざまな手続きに入ります。このとき弟が偉かったのは《すぐに駆け付けなかった》ことです。見通しとして骨折か打ち身で、命にかかわるような話ではないと分かっていたからかもしれませんが、「どうせ検査に時間がかかる」とタカをくくって、家の片づけなどをしていました。
 私は私で保険証やお薬手帳はもちろん、かかりつけの医者に行くとき必ず持って行く書類などを素早く手にしたのですが、救急車内で心臓ペースメーカーの話をすると、「心臓ペースメーカー手帳」は持っているかと聞かれます。普段は持ち出したことのないものなので存在自体忘れていました。そこで救急車内から弟に電話。病院に届けてもらうことにします。ペースメーカーを入れた関係で身体障害者1級の手帳も一緒にあるはずです。
 ところが病院について一通りの手続きをして待合室にいると、受付の女性がやって来て「医療限度額適用認定証」は持っているかと聞かれます。なんのことか分からないので弟に電話。幸いまだ家を出ていなかったので探してもらったのですが、これは見つかりませんでした。
 それを伝えると係の女性は、
「いったん全額お支払いいただいて、あとで返すことになるだけですから大丈夫です」
 ところが5分もしないうちに、暗証さえ知っていればマイナンバーでも代用できますという話を持ってきます。
《だったら最初から言えよ。暗証番号は私が選んだのだから今でも言える》
ということで三度(みたび)弟に電話、これでようやくすべてが揃いました。
 弟を救急車に乗せていたら私はすぐにも追いかけたでしょうから、ここの役割分担はうまく行きました。忙中閑ありではありませんが「不運の中にも運」みたいな話です。しかし母の容態はそれほど運のいいものではありませんでした。
(この稿、続く)

《追記》
 母の場合は通報段階で救急搬送することが確実でしたので、あとから消防ポンプ車がついてくるようなことはありませんでした。ついでの話ですが――。

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