カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「ウサギの代わりにカメでいいのか」~ウサギとカメの教育科学③

 人を大切にし、命を大切にする教育に動物は欠かせない。
 しかしそれはカメやメダカの飼育でもいいのか?
 一般に、ネコ以上の大きさの四つ足の哺乳類は違うという。
 そこに大きな分岐点がある。
という話。(写真:フォトAC)

【生活科=保育のやり直し】

 1992(平成4)年に小学校1・2年生の「生活科」という謎の教科が生れた時、私は激しい憤りを感じました。「生活科」は1・2年生の社会科と理科を潰して創設されたからです。当時私は中学校の社会科の教師でした。
 しかも内容を見ていると、やっていることいったら散歩に出たり花を摘んだり――“学校に秘密基地をつくってどうするんだ”とか、“ブタじゃねえんだから木の家やら藁の家やらレンガの家なんぞ、作ってんじゃねぇよ!”とかいろいろな思いはあったのですが、ある日直接、指導主事から説明を受けて、それで納得しました。
 生活科とは、「してこなかった保育のやり直し」「かつては無意識のうちにしてきた学習を、意図的・計画的に行う現代らしい教科」なのだそうです。動物飼育はここに出てきます。
動物を飼ったり植物を育てたりする活動を通して,それらの育つ場所,変化や成長の様子に関心をもって働きかけることができ,それらは生命をもっていることや成長していることに気付くとともに,生き物への親しみをもち,大切にしようとする。(学習指導要領「生活科」2-7)

 半世紀以上も前ですが、私が子どもだった時代には考えられない話です。
 しかしNHKの記事(*1)にあるように、
「小学校で『おうちで動物を飼っていますか』と聞くと、手をあげるのが1割とか2割ぐらいです。多くの子どもたちは、人間以外の動物に接するとか愛着を持った相手が死んでしまうというような経験をしないまま成長してしまう」
といった状況では、公教育が全員に経験させる必要はあるのかもしれません。

 同じ記事で永岡文部科学大臣が強調している、
「児童が生き物への親しみを持ち、命の貴さを実感するために、学校における継続的な動物飼育を行うことは、やはり意義がある」
という考え方は確かにその通りですし、いじめや自殺といった学校問題が発生したときに学校の言う「命を大切にする教育を行います」の内容として、真っ先に思い浮かぶのが動物飼育です。
 しかしその場合、「動物」は生き物だったら何でもいいのかというと、ちょっと微妙な話です。

【ウサギの代わりにカメでいいのか】

 NHKの記事には、
「何をどのように飼育するかは学校の裁量に任されている。このため、ウサギやニワトリの飼育をやめた学校でも、カメやメダカ、ダンゴムシなどは飼育していることが多い」
とありますが、ほんとうにそれでいいのか――。
「生命をもっていることや成長していることに気付くとともに」
はまだしも、
「生き物への親しみをもち,大切にしようとする」
となると、メダカやカメでは難しい側面もあるように思うのです。

 幼少期の私自身は典型的なインドア少年でしたが、四つ年下の弟は一日の大半を屋外で過ごす野生児でした。その弟には残酷な一面があって、バッタの足を外してどうなるか調べたり、遠足を中止にしたいからといってアマガエルを見つけては次々と地面にたたきつけて殺したりと、そういったことを平気でする子でした。
 しかしさらに小さなハエや蚊だったら私たちも平気で殺しますし、私自身も学校でニワトリの飼育担当だった時期は、鶏小屋のエサを盗むついでにニワトリの足も噛んで傷つける野ネズミを捕え、毎日のように川に沈めて殺していました。野ネズミもよく見るととてもかわいい顔をしているのですよ。
 しかし平気で生き物を殺しているからといって、私の人格に問題があるから殺せるわけでもありませんし、ネズミ殺しやハエ・蚊の圧殺が私の人格に影響を与えることはありません。小さなころの弟の悪行も、男の子にありがちな通過儀礼として終わってしまいました。理科の先生に言わせると、小動物への感情移入は子どもには難しく、したがって殺してしまうことに、あまり神経を尖らせなくてもいいのだそうです。もちろん、だからといって放置することなく、指導する必要はあるのですが。

【ネコより大きな四つ足の哺乳類】

 一般にネコより(ネコを含む)大きな四足の哺乳動物を、意味もなく殺せるようだと問題があると言われています。1997年の有名な「神戸児童殺傷事件」でも前兆としてネコの惨殺死体が発見されていますし、2020年に滋賀県で立て続けにネコの惨殺死体が見つかった時、全国ニュースとなって報道されたのも、そうした心配があってのことでした。
 ちなみに動物とのふれあいや関わりを通じて生活の質を向上させることを目的としたアニマルセラピーでは、
「犬やネコを始め、ウサギ・ウマ・イルカなど、人間と喜怒哀楽を共有できるような情緒性の高い哺乳類が主にセラピーアニマルとして用いられている」
といいます。

 したがってやはり、
「それらは生命をもっていることや成長していることに気付くとともに,生き物への親しみをもち,大切にしようとする」
という生活科の目標を達成しようとしたら、ネコやウサギより大きなサイズの、四つ足の哺乳類でなくてはならないのです。

働き方改革はどうなるのだ!?】

 生活科の中で想定される「生き物」には犬やネコやウサギが含まれ、やがて人間も含まれるようになるのです。したがって学校の飼育活動はその規模で再構築されなくてはならない。
 ――そう言うと当然、「じゃあ教員の働き方改革はどうなるのだ」「職場としての学校のブラック状況は一歩も改善されないじゃないか」という話になります。よく分かる反応です。
 しかしそれとこれとは話が違います。動物飼育が過剰になったから教員が忙しくなったのではなく、教員が忙しくなったので子どもの成長に必要な飼育活動がはじき出されようとしているからです。
 
(この稿、続く)