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「超高層ビル街ののど自慢大会」~世代間のすれ違う思いと接点①

 超高層ビルに入居する企業が、会社対抗で行うのど自慢大会があるという。
 49年前から続く、まるっきり昭和な行事だ。
 そのレトロな大会が、コロナ禍を経て今年4年ぶりに開かれる。
 さて、令和の企業人にとって、大会はどのような意味を持ったのか。
という話。(写真:フォトAC)

【新宿超高層ビル街ののど自慢大会】

 10月1日(日)のNHKテレビ『Dearにっぽん』(私は7日に再放送で見ましたが)は、「会社員フォーエバー~新宿高層ビル のど自慢大会」という題名で、新宿三井ビルディングに入居する企業の、会社対抗のど自慢大会の様子が紹介されました。およそ100社、1万1千人が通うこのビルでは、なんと49年間前から会社対抗のど自慢大会が行われていて、今年はコロナ禍を経て4年ぶりの開催なのだそうです。
 
 かつてのど自慢大会は社員の一体感を生み出す場となってきましたが、今、働き方は多様化、会社員の価値観も大きく変わっています。そんな時代に会社を上げてのど自慢大会を開催する意味、出場する意味とは何だろう――番組はそれをテーマに、新宿三井ビルディングにオフィスをかまえる三つの企業の、主として3人の動きに焦点を当てて進められます。

【出場希望者が出てこない】

 最初に取り上げられたのは連続12回出場の常連企業。橋や鉄道を支えるメーカーで、今年も出場に向けて動いていましたが、募集締め切りのギリギリまで待っても誰も希望者が出てこない。会社のナンバー2であり、かつて5回も大会に出たことのある常務は、
「あまり言うとパワハラになると」と遠慮しながらも、
「(昔は)会社もすごく応援してくれたし、すごい盛り上がりだった。出場することによって会社の一体感とか、コミュニケーションには絶対つながってるな、これを活用しない手はないな(と思っている)」
と、のど自慢のもたらす不思議な力に期待をしめします。しかし別の社員に言わせると、
「(のど自慢大会に対しては)みんな冷静に見ている感じ」
「昔だったらたぶん『この人が出るから行くぞ』『みんなで応援するぞ』ってなったかもしれないですけど、今はそれがなかなかできない――」
と、そんな状況です。

【出るなら一人がよかった】

 2番目に取り上げられたのは、私たちには馴染深いベネッセコーポレーションでした。グループ全体で従業員1万6千人を擁する大企業です。今回はその中から8人を選んで選抜チームを結成したのですが、ここにも先ほどの企業とは別の、単純ではない事情がありました。
 
 デュエット曲の男性ボーカルは11年前の優勝経験者、女性は歌唱力が評判の入社5年目の女性、上位入賞を狙える布陣です。ところが”まりりん”とニックネームされるこの女性は、学生時代からネット配信をしているほどの歌上手で、意識も高く、「もともとひとりで出たかった」といった人なのです。
「そういう大会に出られるなら、自分が得意な曲で、自分の魅力を最大限出せるステージを作りたいと、初めは思っていた。仕事でもちゃんと爪痕を残したいと思っている(そういうタイプです)」

 8人はカラオケルームで練習を始めるのですが、ひとつ終われば翌日から女性ボーカルを含む3人が夏休み。次に全員が揃うのは大会二日前ということになり、気合は十分とは言えません。
 チームの中心となっている上司も、
「前だったら『皆さんもっと参加して』『参加しよう』とか言っていたかもしれないですけど、今はさすがにそういうのはない時代。若い20代の人に話を聞くと、組織より自分。個人主義というか『自分が―』という考え方をするところが多くて、自己責任みたいな言い方というか、『それぞれ個人のせい』みたいな感じ。
 そう考えるとすごく辛くなっちゃうのではないかなあと思ったのですよ。組織にいる間は組織の楽しみを味わわないともったいないと(私は)思っている」

陰キャラの発起】

 コロナ禍は企業内のコミュニケーションを大きく変えました。そんな時期に入社したことでかえって出場を決めた若手社員のいる企業、それが三つ目(IT関連)です。
「私、けっこう髪が長くて、下を向いてパソコンを触っていると暗いねって言われることが多いのです」
 そう自己紹介するのは入社2年目の女性(木村さん)。就職活動もオンライン。直接言葉を交わしたことのない社員も多いと言います。
「リアルでどうやってお話をすればいいのか、うまく言葉を表現したりとか自分の思いを表現する機会って、資料上はできても言葉ではなかなか難しくて、伝えたいけど伝える言葉が見つからないことがすごく多いのでーー」
 そう言う木村さんは、先輩社員からバックダンサーとして誘われ、同期と一緒に出場することを決めたのです。直属の上司が、
「え?って思いました。意外過ぎて。やらされていないかなという心配から入りました。最初は」
というくらいですからよほど印象が違ったのでしょう。
 しかし本人はいたって前向きで、
「私たちが入ったときは“飲みニュケーション”ですらはばかられたご時世だったので、そこを何か追いかけていく、というか、先輩たちが今までこうやって楽しんできた、というのを(のど自慢で)追体験していく感じがしています」

【結局、年寄りが支える】

 若い女性が積極的に参加してくれた2社はいいのですが、出場希望者がゼロだったあの常務の会社はどうだったのか――実は結局希望者がなく、締め切りの二日前、常務自らが出場することに決めていたのです。
「あまり人前に出たくないなあと思っているけど、ただ私が出ることで少しでも会社に貢献できるなら、という気持ちですよね」
 しかし何といっても64歳、忖度で一緒に出てくれる中年の部下と振付の練習をするも、サッパリうまく行かない。偶然現れた若い女性社員にやってもらうと簡単に踊れてしまう。
「何でこの子の方がうまいんだ?」と首を傾げ、「凄い」「凄い」とただ感心するばかり。
 
 家で練習しても口さがない妻からは、
「若い人に任せたら?」「もういいんじゃない」「恥をさらす」
とさんざん。もっとも何十年も連れ添った配偶者というのはそういうものでしょう。
 息子はしかし、「この歳で、この役の人が踊ることで、会社が盛り上がる可能性がある」と前向き。「その意味で、すごくいい効果がるのではないかと思う」と期待を示しながらも、「それを部下たちが見て、どう思うかは分からない――」
 妻は「冷めた目で見るかな」と心配し、本人も「それはあるな、その危険性はあるね」と懐疑的。しかしそれでも「中途半端な踊りはやはりまずい。見ている人はそんなもの期待はしてないかもしれないけど、(いい加減な態度では)失礼かなという気持ちもある」
と、気を取り直します。
 
 ベネッセチームでは、ひとりで参加したいと考えていたまりりんも最後の練習に参加し、
「どんな景色が見られるのかな、というのが楽しみです」
と期待し始めています。
(この稿、続く)