カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「大人が自分たちのためにつくった世界」〜大人になりたくないキミに 4

 4日目、最終日です。 

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(ローレンス・アルマ=タデマ「葡萄の収穫祭」 GATAGより)

カイゼン(kaizen)】

カイゼン」って知ってるかい? 漢字で書けば「改善」のことだけど、カタカナやローマ字で書く場合はトヨタ自動車が始めた独自の生産に関する考え方のことをいう。中身は、作業効率の向上や安全性の確保などに関して、経営陣から指示されるのではなく、現場の作業員が中心となって知恵を出し合い、提案していくことだ。

 トヨタの生産方式が広まって、いまではどこの国に行っても「kaizen」が叫ばれているみたいだけど昔は違った。特に欧米の企業の場合、作業効率や安全に関して新しいことを考えたり提案したりするのは経営陣の仕事であって、現場は言われたとおりにすることが義務だったんだ。それがどんなに間違っていようともね。
 経営陣と従業員の間には厳然としてたガラスの壁があって、お互いが見えていても話し合うことはなかった。
 そういうの、どう思う?

【私たちは必要とされている】

 日本人がよく働くことの背景には、そうした欧米にはない「どんな下っ端でも会社に貢献できる」「よりよい組織に作り上げていくことができる」という独特の企業風土があるのだ。つまり社員は単なる労働者ではなく、自分が属する企業の重要な構成員であり、自分は会社からも同僚からも必要とされている――。
 ね、分かるだろ?

 この「自分は会社からも同僚からも必要とされている」ということ――それを大人はしばしば「責任がある」という言い方で説明するが、キミたちの言う「生徒会役員としての責任がある」とはずいぶんニュアンスが違う。
「自分にしかできないことがある」「自分は期待されている」「誰よりも自分が一番うまくできることがある」、だからやらねけばならない、行かなければならない、そういう意味なんだ。
 雨が降ってもやりが降っても、大雪でも大地震の翌日でも、大人が何とかして会社にたどり着こうとするのにはそういう理由があるんだ。

 その力を“自己効力感”と呼ぶこともあれば “有能感”とか“やりがい”とか、あるいは“モチベーション”とかいった言葉で呼ぶこともある。それぞれ意味は異なるけど、要するに会社に行って仕事をすることには喜びがあるということだ。
 そして他の人より、あるいは他の会社より、良い仕事をより多く行い、より高い収益を上げて会社も自分も豊かになれば、その喜びは極限まで高まっていく――。
 もうそれはほとんどお祭り騒ぎみたいなものだ。

 けれどそう言うと、キミはきっとこんなふうに聞くだろうね。
「でも、大人たちがそんなに面白おかしく仕事をしているとしたら、どうして電通のように自殺者が出てしまうの? それでいいと思っているわけ?」
 まったくその通りだ、それでいいわけがない。毎年2万5千人もの自殺者の出る国は何かが間違っている。

【どこが間違っているのか――】

 ひとつは単純なこと、どんなに面白くてやりがいがあることでも、やりすぎちゃダメだってことだ。
 いくらスポーツが好きでも体を壊すまでやっちゃあダメだとか、お酒が好きでも毎日酔いつぶれてしまうようではいけないといったのと同じレベルで、いくら楽しくても病気になるまで働いてはいけない、それは当たり前のことだよね。

 それは分かっているのだけれど、しかしスポーツやお酒が好きでやめられないのと同じように、好きな仕事に歯止めをかけるのはなかなか難しい。だから本人ではなく、企業や組織自体が自動的に仕事を止める仕組みを作っておかなくてはいけない。必要なら人数を増やすとか、仕事を減らすとか、そういうことを客観的に判断する方法も見つけ出しておかなければいけないよね。それらは全部これからの仕事だ。

 そしてもうひとつは、個人差を認めろということ。
 私は昨日、
「(この国は)互いに働いている様子がよく見える社会、だから怠けることを許さない社会、働かざる者は食うべからずの社会だともいえる」
と言った。でも怠けているわけでもなく、しかしみんなと同じようにできないってことって、やはりあるよね。

 電通事件の場合、亡くなったのは新入社員の女性だった。
 もちろん総枠として電通自体が仕事を抱えすぎ、しかも過剰労働が常態化していたことが一番の問題だけど、同じ時間外労働100時間でも新人の100時間とベテランの100時間はまったく意味が違う。

 私も教員だった頃は月100時間近い時間外労働をずっと続けていたけど、その辛さはまったく違った。
 初めて教員になった最初の1か月は絶望的に苦しかった。午後になると頭の中が真っ白になって耳鳴りが聞こえるんだ。
 1年たって仕事が一回りしたらだいぶ楽になったけど、それでも後から考えるとかなり苦しかった。
 そして10年もたってベテランと呼ばれるようになると、そうとう楽になる。

【時間が解決することが多い】

 何と言っても気の抜き方・手の抜き方が分かってきて、一日の中に何回も神経の休み時間をとることができるようになった。仕事も十分に分かっているから“どこから手を付けたらいいのか困り果てる”といったこともなくなり、見通しをもって仕事ができるようになる。そして何か問題が起こっても、途方に暮れるのではなく闘争心に駆られ、むしろ楽しんでことに当たれるようになった。そうなると100時間の時間外労働なんて実にへっちゃらなのだ。

 そのベテランが新人に同じように働くことを求めるとしたら、やっぱり間違っている。
 でも現場では、知らず知らずのうちにそれが求められる場合がある。

「業種別の離職率」という統計が出ていて、それによると離職率の高いのは「教育・学習支援業(学校は含まない)」と「宿泊業・飲食サービス業」「生活関連サービス業・娯楽業」。逆に低いのは「鉱業、採石業、砂利採取業」「電気・ガス・熱供給・水道業」「製造業」ということになっている。

 見ればわかる通り前者は人間相手、後者はモノ相手が中心の仕事だ。しかし見方を変えると、前者は学習塾や旅館・商店・理美容や遊技場といった小規模・零細の職場であるのに対して、後者は主として中小以上の大規模の職場ということになる。

 規模が小さいと一人ひとりの重みが大きく、長い研修期間ももてないから4月にいきなり最前線で、ベテランと同じレベルの仕事をしなくてはいけなくなる。それが大変なのだ。長続きしないのも無理ないよね。
 そうしたことも考えなくてはいけない。

 こんなふうに問題はまだまだたくさんあるけど、そうした働き方改革の仕事も含めて、キミたちにはまだまだやらなければいけない仕事、やって楽しい仕事、さらにやりたくなる仕事がいくらでもあるのだ。

 大人になって損はない。大人の世界は入ってみれば面白いに決まっている。だって大人が自分たちのためにつくった世界なのだから。

(この稿、終了)