「銃は簡単につくれる、ひとは簡単に殺せる」~安倍元首相暗殺事件と残された問題

 強力な指導力を誇った安倍晋三元首相の評価は、真っ二つに割れる。
 私はその両方に足を取られて身動きが取れない。
 しかし事件の残したものは小さくない。
 それは政治家を暗殺する可能性と、銃が驚くほど簡単につくれるという事実だ。

という話。

(写真:google Map)

【7月8日金曜日の悪夢】 

 先週の金曜日、お昼のニュースを見ようとテレビをつけたら「安倍元首相撃たれる」の一報が入っていました。自民党本部に連絡が入ったのが11時45分頃と言いますから、お昼のニュースがほとんど最初の報道みたいなものです。それからほどなく心肺停止のようだという話になります。
 私はこれまでの事件・事故報道から、「心肺停止」と聞くと「医者の判断を待っているだけで、実際には亡くなっているのだろうな」と思う癖がついているので、そういうものだと思っていました。ですから夕方、「5時3分に亡くなった」と聞いた時には、むしろ意外な感じさえしたのです。

 その5~6時間、私が何を感じていたかというと、ほとんど何も感じていなかったように思います。伊藤博文が殺されたとか原敬が暗殺されたとか、あるいは犬養毅が5・15事件の犠牲となったとか、歴史を教えて来た者とすればそれら匹敵するほどの大事件だと思いながら、通常の生活を送っていました。


安倍氏に対する複雑な想い】

 強力なリーダー・シップを発揮しようとした人ですので評価は極端です。
 私の立場からすれば、まだ十分に機能していた学校教育を、あたかも死んだかのように表現した「再生会議」や「教育再生実行会議」をつくったひとです。屈辱的かつ負担の大きい「教員免許更新制」を提案した人で、学校教育の三本柱である知・徳・体のうちの「徳」を担うはずの道徳を、「特別な教科道徳」という形で国語や数学と同じ地位に貶めた(誰もそう思っていませんが)ひと、全体として日本の学校教育は諸外国に比べて大きく劣っているといった印象を完成させたひとでもあります。
 したがって親の仇のように思っていいはずなのに、何となく私はこの人が好きでした。

 背が高くて外国首脳と並んでも見劣りがしない、プーチン習近平と対峙しても腰の引けている様子がない、そのくせ必要とあらば掌を返したようにアメリカ新大統領に近づいていく。
 脇が甘く、頭に血の上りやすい性質で、モリカケ問題や桜を見る会ではとんだ馬脚を現していつまでも追及される、野党の挑発に簡単に乗ってつまらない発言を繰り返し、のちのち苦労させられる、そういった面も今となっては愛嬌です。

 子どもはいませんでしたが、それに匹敵するほど天真爛漫で魅力的な妻がいて、安倍氏同様に脇が甘く、かつ能天気なため、夫としては苦労することも多かったように思います。しかしよくこれを庇い、支えました。

 つまらぬ人を信じて足元をすくわれる、大事な時に持病を再発させる、そして最期は――不謹慎を承知で言うのですが、政敵でも信念のテロリストでもなく、単なる勘違い男の、きちんと発射するかどうかもわからない手作りの銃に的確に急所を撃ち抜かれ亡くなってしまう――。
 私はそんなアンバランスな情報に混乱して、金曜日の後半を何も感じられずに過ごしたのかもしれません。


【事件が残した二つのこと】

 安倍元首相の死によって政局が大きく変わることもないでしょう。参議院選の結果を見ても分かるように、安倍元首相のつくった自民党政権の基盤はいまのところ盤石です。しかし今回の事件は、ふたつの点で国内に大きな影を落としました。

 ひとつは、暴力によって政治家を倒す可能性が改めて現実のものとなったことです。
 戦後だけでも、過去には伊藤一長長崎市長暴力団員によって銃で殺され(2007年)、浅沼稲次郎社会党委員長が刺殺されるという事件(1960年)もありましたが、中央政界の重鎮が狙われるというのは久しくなかったことです。
コロンブスの卵」のように誰もが知りながら誰もしなかったことが実際に行われた――それが模倣者を生み出すきっかけになることは、十分考えられることです。

 もうひとつは、手作りの銃器で実際に人が殺せるという事実が、人々の目に焼き付いた点です。
 1945年、合衆国で広島他に原子爆弾を投下することの是非が話し合われたとき、特殊な理由で反対した人々がいました。それは、
原子爆弾が現実のものとなったという事実は、ソ連をはじめとする諸外国の研究者・政治家を勇気づける」
というものです。
 理論的に可能なことと、実際につくられることとの間には大きな開きがあるのです。

 私は銃が手作りできることも、ネット通販で材料が揃えられることも知っていました。しかし銃身にする鉄パイプが、あんなに太くてもいいとは夢にも思わず、木の板に乗せてビニルテープでぐるぐる巻きにするなど、あまりにも雑で簡単な形なのでびっくりしました。それで武器として使用可能になる――。
《あれならオレにもつくれるかもしれない・・・》

 そこがミソです。10代の私だったら試していたのかもしれません。男の子の半分はそういうことが大好きなのです。実際の私は根性なしの上に飽きっぽい性質ですからなかなか最後までたどり着かないでしょうが、そういうことが得意な子はいくらでもいます。
 考えなくてはいけないところでしょう。