「失われた記念碑・子どもたちを見よ!」~新型コロナ禍の子どもたちと学校④

 もちろん子どもたちだけが我慢を強いられているわけではない。
 しかしけなげに,、必死に守ろうとしている感染対策の防護壁を、
 一部の大人が崩していくのはいかにも忍びない。
 子どもたちを見よ! そして見習え!

という話。

f:id:kite-cafe:20210513071827j:plain(写真:NHK)

 

 【失われた青春の記念碑】

 この一年間、子どもたちは多くのものを失いました。

 卒業式を失い、入学式を失った子たちがいます。
 晴れがましく卒業証書を受け取ることも、長くともに過ごした仲間と涙を流して別れることもなく別れた子たちがいます。
 保育園や幼稚園を卒園したものの、真新しいランドセルを抱えたまま一カ月以上家庭待機を強いられた子どもたちもいました。中学校の新入生も、何者でもない日々を長く過ごさなくてはなりませんでした。

 象徴的なできごととして甲子園野球がなくなったように、多くの中学3年生、高校3年生が辛く苦しかった練習の成果を発揮することなく、学校を去らなくてはなりませんでした。その一部は修学旅行もなく文化祭も縮小し、異常に高い緊張感の中で入学試験や就職試験を経て、次の段階へ進まざるを得なかった子たちです。
 コロナ禍のもとで過ごしたそういう体験が、人生に役立つこともあるかもしれませんが、大きな喪失感を抱えて生きなくてはならない側面も強いでしょう。
 青春の記念碑的なできごとを根こそぎ奪われたのです。
 
 

【大人の犠牲になっているわけではないが】

 先週金曜日(7日)のNHK「所さん!大変ですよ」尾木直樹先生は
 とにかくですね、大人も大変なのはものすごく分かりますけれども、社会的弱者である子どもたちなんですよ。一番弱いわけ。そこにしわ寄せがグーっと行っちゃっている気がするんですね。
とおっしゃっています。

 感染症対策はすべての人が行うべきことですから、子どもだけに押し付けられ我慢させられたとも思いませんが、もし大人たちが全員、小中学校並みの感染症対策をしていたら今ほどの拡大はないはずですから、その意味では割を食ったのかもしれません。
 子どもたちが身を挺して築いた新型コロナウイルスの防御壁を、一部の大人たちがどこかで崩しているのかもしれません。チャイルドラインのアンケートに、
「たまにマスクをしていない大人を見る。なぜ? 意味が分からない」
「大人はへらへらしている人とかがいて、どうかしていると思う」

と答えた子どもたちは、自分の努力や我慢が愚弄されているかのように感じているのでしょう。

 NHKはチャイルドラインの代表から示唆された大事なメッセージを無駄にしてしまいました。それは、
多くの大人がね、(行動を)変えていただくと、子どもが生きやすくなる気がします」
という部分です。大人たちがもう少し感染対策に熱心に取り組んでくれたら子どもたちの苦労も報われる、辛さも軽減されるという意味だったのに――。
 
 

【子どもたちを見よ!】

 人間は弱いのです。
 大人でもストレスに耐えかねて遊びに出てしまう人はいます。その点は十分に理解した上で、それでも私はこう言いたい。
「もっと少ないと思ったんですけど、意外と人が多いんですねえ」とか、
「家でじっとしていたんですけど、それだとストレスが溜まってしまって」とか
「そもそもデパートや飲食が感染源だというエビデンス(科学的根拠)はないんでしょ? だったらいくら緊急事態宣言を出したって意味がない」とか、
繁華街でインタビューを受けて平気でそんなふうに言っている大人たちよ、恥ずかしくないのか。子どもたちを見よ! もう1年以上もあんなふうに頑張っているのだ。
 新型コロナの感染を拡大させないということはそれくらい重要なことだ、高齢者や基礎疾患のある人を守るというのはそれくらい価値のあることだ、そんなふうに子どもたちは教えられている。それにキミたちは気づかないのか。

 今のところワクチンを打って自由になる可能性のない(接種計画は16歳以上)あの子たちの、意気を感じてくれ。その子たちを大人が見習うことだけが唯一、子どもたちの忍耐に報いることになるのだ。

と。

(この稿、終了)