「家族がもたない」~コロナ禍のもと、年末年始をどう過ごすか

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。
 一方でコロナ感染に神経質な人もいれば、他方に能天気な人がいる。
 ほとんど感染者のいない田舎で戦々恐々としている人々がいるかと思うと、
 都会では毎日飲み歩いているバカがいる(と田舎人は感じている)。
 こんな状況で帰省が規制され、家族がもたない――。

という話。

f:id:kite-cafe:20201216080543j:plain(写真:フォトAC)

【痴呆が進みそう・・・】

 高校時代の同級生で、大人になってからはふた月にいっぺんずつ会って飲んでいた友人たちと、もう4カ月も会っていません。というか、この一年間で会ったのはたった一回でした。

 1月の新年会を当番の勘違いで流してしまい、3月の当番はきちんとやろうとしたのですが新型コロナの第一波で流会。5月は私が当番で6月初旬まで粘ったのですが感染が落ち着かず断念。7月の当番は何とか実施にこぎつけたものの、9月の当番は早々に断念(これには批判が集まった)。11月の当番もさっさとやめてしまい、忘年会の係はやる気満々だったのですがさすがに巨大な第三波に飲み込まれて流会。
 2021年の新年会の係も早々に中止を伝えてきたのですが、「2月でもいいので、もう少し様子を見よう」と要求する声もあって、現在、少々もめているところです。

 考えてみるとこの数カ月、買い物での店員とのやり取りや電話でのさまざま勧誘を除けば、私は毎日会っている母と妻以外とはまったく会話をしてこなかったことになります。
 そんなことがこのさき半年以上も続くのでしょうか?

 年寄りには「きょういく」と「きょうよう」が必要だと言います。「今日、行くところ」「今日やる用事」のことです。しかし行って黙って仕事をして、黙って帰ってきても大した刺激にはなりません。「人間」は「人との間」が生命線ですから、言葉を交わしてこそナンボなのです。
 今回のコロナ禍でデイサービスなどに通えなくなったお年寄りや、家族と会うことのできなくなった施設の入居者に、深刻な認知症の進みがあると言います。さもありなんと思います。

 さて、
(いま私は腹の底から溶岩のようにせりあがってくる怒りを抑えながら話しているのですが)
 先日、東京で飲食店の10時までの時短営業が始まったというニュースを見ていたら、そのことを忘れていた若い女性3人組が居酒屋の入り口で断られている場面が出て来ました。直前は同じ店でラストオーダーを頼む男性の映像でした。
(プチン←頭の中で何かがキレた音)

 私は叫びたい!!
 直近1週間の10万人あたりの感染者数が0・39人しかいない田舎の都市で、私たちがこんなに気を遣っているというのに、東京のど真ん中、10万人あたりの感染者が23・8人もいる場所で、オマエたちはいったい何をやってるんだ!!

【都会人が疎ましい】

 これは妻の目撃談ですが、先日、信号待ちで前の車を見たら、テールランプ横に不釣り合いに大きなステッカーが貼ってあって、読むと、
「東京ナンバーですが、住民票も移した○○県の住民です」
と書いてあったそうです。ひところ県外ナンバー車は傷つけられるという噂があり、そのための対策なのでしょう。

 観光収入は大切なので都会人に来るなとは言いませんが、さっさと来て、さっさと金を使って、さっさと帰ってほしいと本気で考えている人も少なくないでしょう。さらに言えば、金を落とす見通しのない来訪者、具体的に言えば帰省する学生、里帰りの子どもたち・孫たちは、とりあえず今年は帰って来なくていいと思っている人も少なくありません。
 親が自主的に子に向かって「来るな」というのはかまいませんが、社会の目として都会に親せきをもつ家庭に冷たい目を向けるのは問題です。
 けれど「問題です」と言えば冷たい目がなくなるわけではなく、私自身が、
「都会の飲み屋街で毎晩飲み歩いているアイツらはなんだ」
と思うくらいですから実際に都会人を煙たく見る目はあるのでしょう。
 もちろん田舎の繁華街にも飲み歩く人はいますが、こちらはまだ10万人あたり0・39人というレベルです。どう考えてもそう簡単に感染したりはしません(という言い訳が発動します)。

【意識はあまりにも違う】

 一方、東京に住む娘のシーナの話を聞くと、あちらの雰囲気はだいぶ違うようです。
 東京といっても多摩の外れですので10万人あたりの感染者も12人程度。渋谷あたりでインタビューを受けているサラリーマンですら、「同僚にも知り合いにも感染者が出たという話がないので、何かピンときませんねぇ」と答えるくらいですから、多摩などコロナのどこ吹く風――といった感じで、実感としての危機意識などさらさらないようなのです。

 考えてみれば4月の緊急事態宣言で新宿や渋谷がゴーストタウンみたいになった日から9カ月あまり、その間、完全に気を緩めた日は一日もなかったわけですから緊張感の持続しようがありません。

 しかも、私の街からみれば東京は60倍以上も危険(23・8÷0・39)ということになりますが、「10万人あたり23・8人」は「100人当たり0.0238人」。つまり誰と会ってもその人が感染している確率は0.0238%しかないのです。これでは普通に生活していては濃厚接触者になることすら難しい――危機感の薄れるのも無理ありません。

 「最近は特に家庭内感染が中心になっている」という情報もありますが、おそらく家庭にウイルスを持ち込んだ人たちには共通の特性があるはずで、「外飲み」が好きだとか会食の機会が多いとか、あるいは仕事上不特定多数と接触せざるを得ない人とか、こういった人々は濃厚接触者になる確率は高く実際に感染する人も多いでしょう。
 けれど正反対の人だっています。

 ああ、何を私はくだくだ言っているのでしょう?

【家族がもたない】

 県のサイトを見ると正月帰省について、
「できるだけ同居の家族で穏やかに過ごしてください」
「帰省に関しては、特に感染拡大地域からの帰省や、重症化リスクの高い方の家への帰省は、十分に慎重な判断を」

とあります。
 慎重な判断を――そうこうしているうちに弟のアキュラの住む熊本県も昨日の段階で10万人あたり10・87人。シーナの住む街とほぼ同等の感染拡大地域になってしまいました。そのうえ私の県の一部では、東京全体をはるかに上回る感染地域まで出てきています。
 どうしたらいいのか?

 答えはもちろん分かっています。「誰も動くな」です。
 しかし5歳の孫のハーヴはまだしも1歳のイーツなどは3カ月会わずにいたら別人です。息子のアキュラとは10か月以上も会っていません。
 93歳の母は最も重症化リスクが高く、とてもではないがありませんが孫たちに会わせるわけにはいかないという考え方もありますが、一方、いま会っておかなければコロナ以外の理由で死んでしまう可能性だって十分にあるのです。

 何か本当に、このままだと家族がもたない気になってきました。