「踊る人々、耐える人々」~コロナ禍のもと、年末年始をどう過ごすか③ 

 もしかしたらファクターXなどなくて、欧米よりはマシだとしても、
 これから大変な感染拡大が始まるのかもしれない。
 しかし国民のすべてに自粛を呼び掛けるのも無意味だ。
 踊る人、耐える人、双方に呼びかけるべき別々のことがある。

という話。

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(写真:フォトAC)

コロナウイルスは浴室の黒カビ】

 昨夜は「東京都 新型コロナ 新たに822人感染確認」のニュースでかなりへこみました。
 700人台は一回もないまま、一気に800人台です。今週は月曜日から300人台、400人台、600人台、そして800人台ですから、これから先どれだけ伸びて行くか分かりません。

 海外ではヨーロッパの大国で唯一危機を凌いでいたドイツが、ついに堤防を決壊させたみたいに爆発的感染拡大を起こしていますし、韓国も三日連続で1000人以上の感染者を出しています。
 私は韓国に対してある種の信頼を寄せていて、「自由主義でもあそこまで国家に情報を提供すれば感染拡大は防げる」という手本のように思っていたのです。その韓国ですらダメなら、何をやってもダメという気もしています。

 今でも感染者・死者の極端に少ない国・地域はありますが、台湾もベトナムニュージーランドもアフリカの小国の多くも、何か特別なことをやってきたわけではなく、2月~3月という極端に早い時期に厳しい出入国制限を始めて、とにかくウイルスの一粒も入れまいとしたことが勝因ではないかと思っています。

 浴室の黒カビと同じで、「何となく壁がくすんでいるかな?」という段階で丁寧に除菌して、あとは毎日水洗いをしていれば何ということはないのに、いったん全体にはびこらせてしまうと何度カビ取り作業をしても繰り返し生えてくる、あんな感じです。

 もちろん一カ月くらい入浴禁止にして毎日大量の塩素を降りかけ、そのつど丁寧に乾燥させるようなことを続ければ完全制圧も夢ではありませんが、国家の洗浄ということになるとそんな荒療治ができるのは一部の社会主義国くらいのものでしょう。
 ちなみにベトナムは一人でも感染者が見つかるとそのアパート一棟が丸々ロックダウン、村部だったら一か村まるごと封鎖だそうです。中国は言うまでもありません。

【ファクターXなんてなかった(のかもしれない)】

 日本についても、もしかしたら山中伸弥先生のおっしゃるファクターXなんてものはなく、たまたまマスク好きの国民性と花粉症の時期とがかみ合って、みんながマスクをしていたから黒カビの蔓延・定着を防げたというだけのことかもしれません。しかし10カ月の間に次第に蓄積し、壁の奥深くに根を広げた黒カビはついに一斉に胞子を撒き散らし、東京では1日に800人越え、全国で3000人越えという感染者を発生させるに至った――そうことなのかもしれないのです。

 もちろん相変わらず日本人はマメにマスクをつけていますからヨーロッパや南北アメリカのような悲惨なことにはならないでしょうが、それでもこれまでのように、
「たいそうなことはしなくても、このまま何とかなるんじゃネ?」
といった雰囲気ではいられないのかもしれません。

 このまま東京の一日あたりの感染者が1000人だの1500人だのということになったらあの都知事のことですから、
「トーキョー、ロックダウン。おウチを出てはいけません」
くらいのことは言い出しかねせん。
(もちろん本気でそう思っているわけではありませんが)
 そうなったら2021年の正月を家族で過ごすという私の夢も雲散霧消です。

【感染者の内訳を考える】

 ところで、現在爆発的に増加しつつある新型コロナウイルスの感染者、その内訳はどうなっているのでしょう? 年代別の数字は繰り返し報道されるのですが、男女別・職業別といった統計は見たことがありません。独身者か家族持ちかといったことはけっこう重要ではありません? 職業だって。

 例えば、私が感染拡大地域に住む家族持ちのサラリーマンだったら、コロナに対してかなり慎重になると思います。とにかく家族に迷惑はかけたくありません。それが第一の理由です。
 会社でうつされるのは仕方ないにしても、「会社で最初にコロナを持ち込んだ人間」には絶対になりたくありません。感染者を差別するなとは言いますが、私がコロナを持ち込んだばかりに企業活動が停滞し、顧客に迷惑がかかったとなると、それでも素直でいるのは誰にとっても難しいことでしょう。
 数年後、業績も実力も同じ誰かと出世を争うとき、最後の決め手が「危機管理能力」になることだってあり得ます。

 そう考えるとマスク・手洗いは徹底し、通勤電車内では息もしないように心がけ、家人にもうるさく言い続けるに決まっています。外食・会食・宴会等には不参加が基本となります。もっとも、会社から家庭に直行といっても、そこには家族とともに過ごす楽しい時間もありますから、極端な感染対策も苦しくありません。

 一方、私が地方からで出てきてアパートに住む、もちろん独身の大学生だったらどうでしょう? おまけに授業はリモートだとしたら――。

 三食作って食べるなどという生活スキルはありませんから最初はコンビニ弁当かホカ弁・レトルト、しかしさすがに10カ月にもなると耐えられなくなります。
 一日部屋の中で過ごして会話というものがほとんどない。リモート授業で発言はしますが、そんなの会話じゃない――と、そこに友だちからの誘いがあって、西村大臣も「5人以上がすべてダメというわけではない」とかおっしゃっていましたから出かけることにして、一次会、二次会、さらには酔ったついでのカラオケ。気がつけば午前5時で、なんだか寒気がして熱っぽくもなってきた――そういうことだってあり得ます。

――とここまで書いてきて、気づいたことがあります。

【それぞれのコロナ、それぞれのリスク】

 昨日の段階で、東京都の直近一週間の感染者数は10万人あたりで28・9人です。これは偶然会った東京都民の、感染している確率が0・0289%であることを意味します。しかし現実には先ほどの“家族持ちのサラリーマンの私”と“一人暮らしの学生である私”とでは可能性に大きな差があります。
 あるいは同じサラリーマンでも、独身者と妻帯者・子持ちとでは違うでしょうし、社員数10万人といった大企業の社員と、全員の顔が見える20人規模の会社員とでは、当然行動様式も感染リスクも異なってきます。

 リモートワークは企業や社会を守ることには役立つかも知れませんが個人を守るかどうかは分かりません。私が独身のサラリーマンで、アパートでリモートワークだけを続けていたとすれば学生生活と変わりないようなものです。孤独に耐えかねて行ってはいけないところに繰り出してしまうこともあるでしょう。

 最近の傾向として職場内感染と家庭内感染が中心となっていると言いますが、飲食店や接待を伴う飲食店も人によっては“職場”です。オフィス街の雑居ビルの一室が“職場”という人もいれば、だだっ広い工場や倉庫で、わざわざ歩かないと隣の人と話もできない“職場”もあります。
 家庭内だって例えば、夫婦ともに医療関係ということだと超危険で超安全(職場リスクの高い分、家庭内の防疫意識も態勢も万全)と言えますし、このコロナ禍でも毎日飲んで帰るのが楽しみという構成員が一人でもいれば、その家はかなり危険です。

 私のような田舎人からみると都会人は全員が“怪しい人”ですが、内実としてはかなりの差がある、そう考えて間違いはないようですが、すると、どうなるのか。

【踊る人々、耐える人々】

 小池都知事は以前、「ダンス&ハンマー」という言葉をつかいました。
「感染者が少ない状況では経済を活性化させるために踊らせ、感染者が増えたらハンマーで叩く」というずいぶん上から目線の考え方です。
 しかし現実としては都内に、あるいは全国にも、ずっと踊りっぱなしの人とハンマーの下で耐え忍び続けている人とがいるのです。前者を押さえるのも難しければ、後者を踊らせるのも厄介です。

 今は感染拡大の時ですから踊る人々を押さえるしかありません。
 耐え忍ぶ人たちに対してやれることはないのです。この人たちは一度だって気を緩めたことなどないので、前者と一緒くたにして「気の緩み」などとは言ってはいけません。いつも誉めてあげなくてはならない人たちです。

 感染拡大が止まらないのは踊る人々が浮かれすぎたからです。
 しかしこの人たちだって大切でしょ? 一晩に二軒も三軒もハシゴしてカラオケで朝まで遊んでくれるような人がいるから、飲食や観光娯楽業の人々は潤うのです。生きていけます。
 まだ十分に企業体力のあった4月ならまだしも、青息吐息でようやくここまでたどり着いた今、こうした警戒心の薄い人たちこそ救世主です。

 そう考えると踊る人たちは、ただ押さえつけなくてはいけない対象ではなく、“いまは控えていただく人”ということになります。誰にでも役割はある、しかし今は出番ではない。
 やがて感染が治まってきたら、その時こそあなたたちの活躍の時です。どうか死ぬまで飲んで、死ぬまで歌ってください――そんなふうに呼びかけ、現在の自粛をお願いしなくてはならないのは、こうした人たちです。

(この稿、終了)