「植松聖のために、傷ついても怯えても負けだ」~津久井やまゆり園事件の裁判が始まる② 

 津久井やまゆり園事件について、
 自分の中に植松被告と同じものを発見して傷つくのも、
 その無慈悲な言葉を社会の声のように聞いて怯えるのも、
 ともに間違っている。
 私たちはもっといい人間だし、社会はもっと優しくできている。

という話。

f:id:kite-cafe:20200128072456j:plain(「車椅子生活と女性」PhotoACより)

【私は臆病者だが差別主義者ではない】

 このブログにたびたび訪れてくださっている方なら、私が一貫して小学校英語に反対していることはご存知だと思います。

 もちろん英語が不要だと思っているわけではありません。小学校のカリキュラムに余裕があって先生たちが暇なら大いにやればいい。しかし実際には国語や理科・社会、特別活動などの時数を削ってようやくあれこれ入れている状態で時間的余裕などありません。教師の多忙はすでに周知のとおりです。
 そのうえプログラミング学習やら小学校英語やらを入れてよい教育ができるとは思えないのです。

 ただしそんな私でも、総合的な学習の一部である「外国語活動」が残した唯一の利点を、認めないわけにはいきません。それは日本人が外人に怯えなくて済むようになった、ということです。

 私は田舎の小中学校で育ちましたから子どものころはほとんど外国人(特に欧米人)を見たことがありませんでした。正確に言えば市内に宣教師一家が住んでおられて、何年かにいっぺんくらいは出会うこともあったのですが、ただ遠くからちらっと見るだけでした。

 都会に出てから外国人と会う機会は格段に増えましたが、近寄ることはなく、できるだけ遠巻きにしているように心がけました。うっかり近づいて声でもかけられたりしたら大変です。
 英語ができないことが一番の障害でしたが、それ以上に、あの大きな体が怖かったのです。喧嘩になったら勝てそうな気がしないじゃないですか。髪が金色で目が青とか緑なのですよ。
 さらにそれが黒人だったりターバンに髭モジャだったりしたら絶望的です。5mだって近づくことはできません。生まれてこの方、そんな異形な人々と付き合ったことがなかったからです。どこから手を付けたらいいのか分かりません。

 しかしその事実をもって、私が外国人差別をしているとか民族差別主義者だとか言われても困ります。
 私はただ対処の仕方が分からず怯えていただけで、のちに教員となってAET(英語指導助手)付き合わざるを得なくなってからは、外人に接したり話したりすることもずっと平気になりました。私はただ、経験の足りない臆病者だっただけです。

 しかし昔の日本人はみんな似たようなもので、だからつい最近まで訪日外国人の一番の不満は、「ジロジロ見られる」だったのです。
 現在は中長期の在留外国人だけで240万人、観光客は3000万人を越えています。それだけでも雰囲気は違うのですが、外国語活動で小学生のころから外人と接する機会をもった子どもたちは、白人も黒人もターバンの人も、まったく苦にしません。
 時代は変わりました。

 

【経験の足りない者が手をこまねいても当たり前だ】

 一般人の障害者に対する態度もこれと同じだと思うのです。
 私は元教員で学校には特別支援学級もありましたから、知的障害の子や車いすの子のあつかいには慣れています。妻は教師としての出発点が特別支援学校でしたから重度障害者の下の世話でも苦にしないようです。
 けれど普通の人の、普通の生活の中に、障害者と遭遇し、障害者と触れ合う機会はそうたくさんあるわけではありません。

 駅で電車を待っていたら目の前を白杖の人が歩いて行った、エレベーターが開いたと思ったら中に車いすの人がいた、公民館のホールで親に連れられた子が奇声を発している――そういったとき、経験のない人に何ができるのか――。
 たぶん実際にできることはほとんどありません。経験のない人間には相手が困っているかどうかの判断もつきません。困っていると分かってもどう支援したらいいのかわからず、手が出せない。そういう場合が少なくありません。
 先ほど偉そうに「慣れている」と言った私だって、視覚障害聴覚障害・重度障害については経験が浅く、自信をもって対応することはできないのです。

 だから手をこまねいている、黙って見ている、何もしない、ただ怯えたように突っ立っている、その姿は無関心ないしは冷淡に見えるかもしれませんが、そうではありません。ただ経験がなく、どうしたらいいのかわからないだけなのです。

 

【植松聖のために、傷ついても怯えても負けだ】

 障害のある人を前に気持ちが臆して身動きが取れず、遠巻きに見て何もしなかったからと言って「津久井やまゆり園事件」の植松聖被告と根っこが同じと考えるのは行きすぎです。障害者を疎ましく思い、面倒くさいと感じることがあっても、植松聖とは違います。
 それは子どものころの私が、外国人に対してまったく腰が引けて何もできなかったのと同じで、機会があって経験を積めば、必ず接し方は分かるようになります。そうなれば気軽に手を差し伸べることも可能です。
 植松は特殊な人間ですから自分を重ねて傷ついてはいけません。

 一方、先週の金曜日の第一回被告人質問のあと、被害者遺族のひとりが語った「怒るというより呆れてしまった」も大切にしたい感じ方です。
 事件直後、“日本社会の底流に深く残る障害者差別”が植松被告によって浮き彫りにされたかのような報道がされましたが、そんなことはありません。その直前まで「やまゆり園」の入所者は地域の人々と長年ふれ合ってきたのです。その地域のあり方こそがこの国の縮図、その地域の人々こそが日本の代表者です。植松聖が代表するわけではありません。

 日本の国民は、まだ十分に信じるに足ります。あんな男の妄言をまともに聞いて日本中を差別者のよう感じ、怖れたり傷ついたりするのはバカげたことです。

 もちろん私たちはもっと勉強しなくてはなりません。さまざまな障害のことを学び、経験を積んで支援の仕方を覚えた人が120万人くらいになればこの国はずっと楽になるでしょう。しかし120万人いたとしても、それは全体のわずか1%にも満たないのです。
 私は植松聖被告にかき混ぜられることなく、この国の福祉のことを考えていきたいと思います。