「パパ・ブッシュ死す」~勝つことを強いられる国の大統領

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パパ・ブッシュ死す――落ち続けた前半生】

 第43代アメリカ大統領ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が亡くなりました。故人も含め、大統領経験者としては最高齢の94歳だったそうです。
 クリントン政権を挟んで息子も大統領になりましたが、名前が同じジョージ・ブッシュジョージ・W・ブッシュ)であるため父親はしばしば「父ブッシュ(パパ・ブッシュ)」「大ブッシュ」などと区別されます。
 パナマ侵攻や湾岸戦争の責任者で冷戦終結の立役者としても知られますが、その前半生はなかなかの波乱万丈で、議会上院下院の両選挙でたびたび落選し続け、大統領指名選挙でも一度落ちています。
 しかし「落ちた」と言えば何より、第二次世界大戦における最も若い艦上攻撃機パイロットとして100回以上出撃し、2回も撃墜されたという「落ちた」経験が輝かしい。
 若く勇敢なパイロットらしい記録ではありますが、私は2度も回収されたという事実にむしろ哀しみのような羨望を持ちます。

 ブッシュ元大統領のことではありません。日本のパイロットはそんなふうに回収されることはなかったと思うからです。少なくとも2度ということはないでしょう。


【1992年、東京、宮中晩さん会】

 私にとってパパブッシュは、リンカーンケネディのような意味での関心ある大統領ではありませんが、ある事件によっていつまでも心に留まっている人です。
 それは1992年に来日した際のできごとです。パパ・ブッシュというよりはその妻のバーバラさんに関する逸話ですが、それを機に日米の子育ての違い、そして公教育の基礎をアメリカ由来の教育学に置くことの意味などについて、深く考えるようになったからです。
 1992年のできごとについては10年ほど以前に一度書きました(2007/2/9 勝つことを強いられる国 - エデュズ・カフェ)。今読み直してもその時以上にうまくまとめることはできそうにないので、ここに再掲します。
 おなじブログ記事を2度使うということはめったにしません。しかしぜひとも知ってほしいからです。

(以下、再掲)

 

【勝つことを強いられる国】

 ヒラリー・クリントンが次期大統領候補に立候補したとかで、現大統領が『アメリカの大統領はブッシュ(41代)―クリントン(42代)―ブッシュ(現職)―クリントン(次期)だ』と言ったお世辞も、あながち夢ではないのかもしれません。
 ややこしいことに現大統領のジョージ・ウォーカー・ブッシュの父親である第41代大統領は名前がジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュなので、父子を区別するのは容易ではありません。私はその父ブッシュに印象的な思い出があります。

 それは1992年に来日したときの天皇主催の晩餐会の席上のことです。
 晩餐会が始まってまもなく、大統領が椅子から滑り落ち、嘔吐してそのまま救急車で病院に運ばれてしまったのです。アメリカ大統領の急変ですから、世界が震撼し、各国にトップニュースで配信されました。

 天皇主催ですから晩餐会自体はそのまま続けられ、大統領がすべきスピーチは急遽夫人のバーバラに任されることになったのです。バーバラは、病状が心配するほどのものではないことを語ったあと、
「今回のこの事態については、駐日大使のアマコストに第一の責任があるように思われます」
と語り、場内を緊張させます。何しろ天皇主催という超一級の席上で、世界中のメディアが注目する中、大統領夫人が部下の駐日大使を批判するのですから穏やかではありません。続けて言った言葉は、さらに衝撃的でした。

「今日、大統領は天皇一家とテニスの試合をしました。ところがアマコスト大使が下手なばかりに、2試合して2試合とも負けてしまったのです。それがショックで倒れたに違いありません。ブッシュ家の人間は負けることに慣れていないのです」

 当のアマコスト大使は椅子から転げ落ちんばかりに大笑いし、場内も大爆笑で拍手が鳴り止みませんでした。
 私はニュースでその場面を見ながら、アメリカのファースト・レディの実力というものをまざまざと見せつけられたと感じるとともに、「負けることに慣れていないブッシュ家」というものに恐れに似たものを感じました。

 アメリカの子どもは人を思いやれとか他人を気遣えといった教育は受けてきません。その代わり受けているのは「人に負けてはいけない」「人に勝ちなさい」という教育なのです。才能のある人間にとっては可能性に満ち溢れた国ですが、凡人にとってはかなり苦しい社会ともいえます。

 日本の場合、人生の最初の分基点は中学校3年生の時に来ます。その時点で、非常に多くの子どもたちが東大から官僚へあるいはノーベル科学賞獲得、といった道から遠ざけられます(というのは、東大へ進学できる高校は、現実的には限られているからです)。大学入試で再び試され、ほとんどの子どもたちは否応なく等身大の自分というものを認め、その中で生きていくようになります。そして普通は、最後に就職という形で、自分の位置を決定します。

 そうした文脈でみると、再チャレンジの効く社会というのは、何度でも人生に挑戦し、そのたびに這い上がったり落とされるかもしれない社会ともいうこともできます。 10年の後、あなたは国会議事堂の赤い絨毯の上を歩いているのかもしれません。そして逆に、ハローワークの白い床の上に座り込んでいるのかもしれないのです。

 もしかしたら日本にも、人を思いやる前に勝つことを考えなさい、という時代が目の前に待ち構えているのかもしれません。