「先生がいない!」~先生が突然療休に入ったら

 家の固定電話が鳴って、今日、固定にかかってくるのはたいてい営業なので少しつっけんどんな感じで出ると昔の知り合いでした。
「○○小学校長のAです」
 ああ、この人も校長になったんだ、そんな年なんだと感慨に浸る暇もなく、
「T先生、今、どこにもお勤めじゃないですよね」
 何かと思ったら勤務校で担任教師がひとり療養休暇に入ってしまい、代わりを探しているのだといいます。大変です。
 この時期の療休というのは特殊な状況です。もちろん突然大きな病気が発見され、緊急かつ長期の入院ということもないわけではありませんが、この時期はたいていが心の病気です。年度が変わって気分も変わるから何とかやって行けるのかもしれないと始めてみたものの、やはりだめだったというケースです。
 たった一か月で担任が潰れてしまうのですから、クラスもそうとうに大変なのかもしれません。
 しかしこの時期の療休は校長先生にとっても厳しい。代わりの先生なんかどこにもいないからです。

 これが9月・10月以降だと、“8月までは産休代替をやっていたのだけれど本来の先生が戻ってきたために体が空いた”とか“教員採用試験が終わったので3月まで勤めたい”とかいった講師候補の先生がいたりしますが、4月・5月はほとんどいません。4月の切り替えの際、講師が余らないように全員をどこかにはめ込んでしまっているからです。余らせておくと他の職業に行ってしまう可能性があるからです。

 電話をくれた校長先生は旧知とはいえそれほど親しい人ではありません。それが連絡を寄こすのですから、よほど困っているのでしょう。しかし私は応えることができません。十数年も現場を離れていた人間がおっとり刀で出かけて行って勤まるような仕事ではないからです。

kite-cafe.hatenablog.com しかたなく丁寧にお断りしましたが、今後の校長先生の苦労を考えると心は痛みました。

 先生がひとり療休を取るというのは、具体的なレベルではそういう意味でもあります。必ず代わりの先生を探さなければならない、欠員のままゴーといきません。毎年12月になると学校統計の公表があり、「心の病気による教員の療休5000人超」といった記事が出ますが、5000人が休んだ際には5000人の講師が探されているのです。

 ところがここ数年、講師としてアテにできる人はほとんどいなくなっています。就職状況がかなり良くなっている現状で、浪人をしてまで教員になろうという人(彼らこそ絶好の講師候補)も払底しています。何年も前に退職した先生が戻ってくるには、かなり敷居も高くなっています。何といっても学校が難しい時代ですから。
 本来、代替え教員は教育庁が探すべきものですがとても手が回らず、かくして校長先生がひとりひとり縁故をたよって調べているのです。

 ときおりテレビドラマで、担任を替えてくれと詰め寄る保護者に対して校長が言を左右にする場面が出てきたりしますが、そのときの校長先生の心にあるのはきっとこんな言葉です。
「替えてもいいけどさぁ、代わりの先生どーすんのよ! 今いるこの先生も、どこへ持っていけっつーんだよ!!」

 替えるといってもまさか隣のクラスの担任と交換というわけにはいかないでしょう(隣のクラスの保護者が怒ってしまいます)。他の学年というわけにも他の学校というわけにもいきません。学期の途中で担任が替わるにはそれなりの説明が必要ですしリスクも伴います。
 かくしてドラマの校長先生は保護者の言葉の十字砲火に耐えることになります。

 また、いわゆる「いじめ=自殺」など深刻な事件の際、担任教師が療休をとって雲隠れしてしまう場合がありますが、これも致し方ないことです。マスコミ的には「逃げた」ということになりますが、そうではありません。療休を取ってもらわないと代わりの先生が来ないのです。下手をすると担任不在が延々と続いてしまいます。
“児童生徒に一日も早い日常を”と考えると、担任にさっさと休んでもらい、事態と児童生徒を切り離してしまうのが一番早いのです。