「さ、どうだ?(茶道だ?)」~楽なはずなのに読み方の難しい感じたち

 土曜日の朝、NHKニュースを見ていたら中国で茶道を学ぶ学生たちの話題を扱っていました。その際、非常に耳障りだったのは「茶道」を指して言う「ちゃどう」という言い方です。ただし天下のNHKのことです。言葉の使い方、特に経年による日本語の変化については敏感な場所ですから「さどう」を「ちゃどう」と発音するからには相応の理由があるはずです。

 ということで調べたらさすがNHK。ウェブサイトにちゃんと解説のページがありました。

Q:「茶道」にはサドーとチャドーの二つの読み方がありますが、どちらが正しいのでしょうか。 A:放送では、現在どちらで読んでもいいことになっています。

解説:ただし、古くはチャドー、現在ではサドーが一般的だと言われています。『日本国語大辞典』によると、江戸時代まではサドーというのはまれで、茶頭(サドー)との混合を避けるためにチャドーというのが普通だったようです。今でも、茶釜、茶器、茶室、茶道具、茶の湯、茶会などの茶道関係のことばは、すべてチャです。したがって、「茶道」をサドーと読むのはむしろ例外的です。
 茶道関係の専門書によれば、サドーをよしとする説では、これが禅院茶湯の伝統的な言い方である、という記述もあります。かつてキッチャテンとも言われた「喫茶店」が現在キッサテンにほぼ統一されたように、「茶道」もしだいにサドーに変化してきたことが推測されます。

 私が子どものころ、「喫茶店」を「きっちゃてん」と発音するオジサンたちがいて、それは「ディズニーランド」を「デズニ―ランド」と発音するくらい愚かで遅れたことだと思っていました。しかし正しかったのはオジサンたちの方だったのかもしれません(ちなみに、私は「ディズニーランド」を「出銭(でぜに)ランド」とか言ってからかっているうちに「ディズニーランド」か「デズニ―ランド」か分からなくなって困ったことがあります)。

「茶道」については別のサイトで
「『さどう』『ちゃどう』どちらでもよいが流派によってこだわる人もいて、その場合、裏千家武者小路千家はチャドウ、表千家・・・サドウを用いる」
というのもありました。2〜3か所で同じことが書いてありましたから、たぶん間違いないところでしょう。

 ところでNHK
今でも、茶釜、茶器、茶室、茶道具、茶の湯、茶会などの茶道関係のことばは、すべてチャです
と書いていますが、だったら高校時代、歴史の時間に勉強した鎌倉時代の禅僧栄西の「喫茶養生記」は「きっちゃようじょうき」なのか――。

 調べてみると少なくともネット上は「きっちゃ」にはなっていないみたいです。しかしだからといって「きっさ」か「きっちゃ」かの決着はつきません。なぜなら栄西がこの本を書いたとき、どう発音していたかは記録に残っていないからです(音声データがない)。せめてひらがなで表記している例でもあればいいのですが、漢字で表現しているものをわざわざひらがなにするのは辞書などの特別な場合だけです。
 読み方がわからなくて困る話は、人名についてもよく言われます。

 時代をさらにさかのぼって、
清少納言一条天皇の后の中宮定子の、そして紫式部も同じく一条天皇の后、中宮彰子の女官であった」
というときの定子と彰子、私たちは「ていし」と「しょうし」と教えられましたが、一般的に考えて「さだこ」と「あきこ」で問題はさそうです。にもかかわらず「ていし」「しょうし」と読ませるのは、次のような事情によります。

 実は平安時代の女性の名前は、一部を除いてよくわかっていません。本名を音読する機会がほとんどなかったからなのです。しかもわかっているのが、藤原良房の娘で、文徳天皇の妃、藤原明子の「あきらけいこ」、その子の清和天皇の妃になった藤原高子の「たかいこ」など、なかなか普通ではない読み方なのです。だから、例えば「彰子」が「あきこ」なのか、「定子」が「さだこ」なのか、全く確証がないのです。そこで、明治以来、国文学界を中心に、便宜的に音読みするというルールができ、「ショウシ」「テイシ」と読まれることが一般的になった、ということです。
「斎王の名前について考える」
 聖徳太子もまず確実に「しょうとくたいし」とは読まなかったのでしょうね。

 こういうこと、高校生の時に知っていたらもっと歴史に興味を持ったと思うのですが、先生もそんな話ばかりしていたら授業が進まないと考えていたのかもしれませんね。