カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「名画と三つの犯罪」〜イタリア奇行⑦

 時間を遡ります。
 フィレンツェから始まった初日のメインは、ウッフィツィ美術館でした。世界最古で規模もヨーロッパ有数の美術館として有名です。その凄さを一言でいうと、
ボッティチェッリの『春/プリマヴェーラ』と『ヴィーナス誕生』、ダビンチの『受胎告知』のある美術館だよ」
ということになります。おそらくこの三枚の絵の、一枚も知らないという人はいません。中学校や高校の教科書にみんな出ていたからです。
(ここで「ラファエロの『ひわの聖母』やミケランジェロの『聖家族』、フランチェスカの『ウルビーノ公夫妻の肖像』に触れないのはおかしい」と言われても困ります。そんなことを言い始めたらきりがないからです)

 ただし今は名画の解説や感想を言うつもりはありません。展示作品はどれもこれも気が遠くなるほど素晴らしいものだったのですが、それとは別に、私はまったく関係ないものに気持ちを取られていたからです。それはカメラです。のちに盗まれることになる、あのスマートフォンに内蔵されたカメラです。

 イタリアの美術館の大部分は写真撮影が許されています。ダメだったのはシスティーナ礼拝堂の内部。カピトリーニ美術館の作品の一部。カメラはいいがビデオはダメだと言われた場所もありますが大半はOKで、観光客は実に良く写真を撮ります。
 私も一緒になってたくさんの作品にレンズを向けたり、気に入った作品の前で大きく腕を伸ばして自撮りしたり、あるいはアキュラと名画を重ねたりと、次から次へとバシャバシャ撮影していたのです。そしてそのうち妙なことに気づきます。
 気になったのはまさにその『バシャバシャ』――。撮影のたびにシャッター音がするのは私とアキュラのスマートフォン、そして私たち以外の日本人のケータイやカメラだけなのです。
 外国人の持つものは基本的に無音、稀にシャッター音の出るものもありますが極めて音が小さいのです。
 ショックでした。シャター音のするカメラは日本仕様なのです。

 日本人は世界で最も高尚な民族です(私たちがそのように育てました)。
人々は親切で、街にゴミが落ちていることは稀です。無防備でも物を盗られる心配はなく、ルイ・ビトンのバッグに財布を入れたまま席に置いてトイレに行ける国です。そしてそのトイレはどこへ行っても比類ないほどきれいで清潔です。
 そんな優秀な国の私たちが、シャッターを押すたびに「日本は痴漢の国です」「盗撮が多いのでこんなスマホになりました」と触れて回っているのです。世界のウッフィツィ美術館の真ん中で、何時間も宣伝して回っているのです。ほんとうに情けない。
 もちろんそれはシャッター音を消すアプリを入れればいいという問題ではありません。これほど高潔な民族が、ろくでもない破廉恥罪をなくせないということだからです。「画竜点睛を欠く」とか「玉にキズ」ということばがありますが、なぜその程度のことができないのか、なぜこれだけがのうのうと生き残っているのか。
 ほんとうに悔しい思いがしました。

 ついでに、なくせない犯罪というと別に思い当たるものが二つあります。自転車盗と傘泥棒です。
「泥棒はしてはいけないが、自転車とビニル傘だけは別」
 まるでそういう不文律があるかのように、この二つはよく盗まれます。やった側に罪悪感がないのも似ています(我が家でもこの20年あまりの間に3台の自転車が盗まれ《うち1台はぼろぼろになって数年後、帰ってきた》、なくなったビニル傘は数知れません)。

 痴漢と自転車盗・傘泥棒――これを日本の三大巨悪と呼ぶことにしましょう。重犯罪ではありませんが裾野の広さでは比類ないからです。この三つさえなくなれば、私たちはもっと胸を張って生きていかれるはずです。

(この稿、続く)