カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「犯罪に巻き込まれる」Ⅰ〜イタリア奇行②

ガリレオ」の湯川先生風に言えば「すべての現象には理由がある」のです。
 この場合、理由というのは。
 当てにしていたバスがさっぱり来なくて30分以上待たされていた。

  1.  焦れて歩き始めたのはいいが、すでに2万2千歩以上も歩いた日で、けっこう疲れていた。
  2. ホテルまでの道のりはかなり残っていた。
  3. 息子のアキュラが神経質で犯罪の多い地下鉄を嫌がっており、しかしそんなことでは一人旅はできないだろうと父親としてやや苛立っていた。

 そんなところです。だから地下鉄の駅が見えたとき、迷わず階段を下りて改札をくぐったのです。旅行4日目。観光もあと一日を余すだけという日の、夕暮のことでした 。

 プラットホームに人がさほどいたわけではありませんでしたが、来た電車は満員です。私は乗りこめたのですがアキュラは置いてきぼりを食らいそうになり、しかたなく私も降りようとしたところ息子の背後にいた男性が親切にも押し込んでくれます。間一髪で乗り込むことができました。
 列車が走り出してやれやれと思ったとき何ともいえない違和感があり、下を見ます。すると私のショルダーバッグに4本の手が伸びていて、うち2本がバッグを持ちあげ残りの2本が同時にチャックを開けて中に手を突っ込もうとしています。中身はガイドブックとビデオカメラ、常備薬とティッシュ。裏側についた隠しポケットには小額紙幣の入った財布、といったとこです。私はあわててバッグを引き寄せ、開いた口を両手でガッチと掴んで顔を上げると正面の若い男は片手で手すりを掴み、もう一方の手は不自然に宙に浮かせて「ボク関係ない、やっていない」といった体で涼しい顔をしています。
 さて、ここでどうするのが正解なのか――。まだ何かを盗られたというわけではないのです。

 私はその手をじっと睨み付け「もし下ろしたら容赦しないぞ」という感じで集中力をもって睨み続けます。そしてそのことは、逆に他に対する集中力をまったく失っていたということになるのです。
 降車駅について他の乗客と一斉に吐き出され、ほっと息をついて気づくと胸のポケットのチャックが開いている。触ると携帯がない。もしやバッグの方に入れたままだったかと思ったのですがもちろんそこにもない。私はまんまと買って4か月目のiPhoneを抜き取られてしまっていたのです。
 そのときになってまた思い出したのですが、車両から吐き出されたとき、足元に何枚かの観光地の入場券が散らばっていたのです。そう思ってジーンズのお尻のポケットを探るとその中もカラ、中身を掻きだされているのです。なんと尻を触られても気づかなかった。こんな調子ではパンツの中に手を入れられても分からなかったのかもしれません。
 なにしろバレれば逃げようのない車内での窃盗、それをやるからには生半可な連中ではなかったのかもしれません。乗車駅でいったん降りようとした私たちを、背後から押してくれた男も仲間だったに違いありません。私の背後から携帯を抜き取った人間も含め、4〜5人が関わっていたように思います。
 さらに悪いことに、旅行前に娘とLINE上でやり取りした際、私はそこにクレジットカードの画像をアップしてしまっていたのです。これでは7万円のiPhoneに数十万円の付録をつけて渡してしまったようなものです。

(この稿、続く)