「追加教育」〜体感!日本教育超現在史④

  昭和22年、学校教育の具体的指導内容を定めた最初の指導要領(「学習指導要領案」)が示されましたが、それ以降追加された新しい教科・教育を“追加教育”といいます。私の造語ではありませんが広く教育界で通用する言葉でもありません。一部で使われ、便利ですので私もしばしば使用している用語です。

 追加教育の嚆矢は「道徳」です。戦前の「修身」を反省する立場から国家が倫理・道徳に介入することには強い抵抗があり、戦後しばらくは控えられていましたが1958年の指導要領から「道徳」の名で復活しました。

 次に出てきた新たな教科は小学校の「生活科」です。1〜2年生の理科と社会科を廃して新しい教科ができると聞いたとき、中学校の社会科教員だった私は相当に苛立ちました。自分の教科自体が甘く見られたと感じたからです。しかもやっている内容を見ると春の野山に散歩に出たり、「秋さがし」とか言って枯葉を集めてきたり――その程度だったら地域探訪とか自然観察の代わりだと考えて我慢することもできましたが、「ウサギと遊ぼう」だとか「秘密基地づくり」だとかになるともうただ単に遊んでいるとしか思えない・・・。そこである日、機会があって専門主事にケンカ腰で尋ねると、いたって理にかなった簡単な返事が返ってきたのです。
「あ、あれは保育のやり直しです」

 考えてみると現代の子どもたちは自然体験も社会体験も昔ほどにはありません。しかしそこまで学校が背負うとなると、この先どれくらいの重荷を背負っていくことになるのか――当時の私でさえも呆然とした気持ちになったものです。

 次に大きな変革として登場したのは「総合的な学習の時間」です。これは「横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにする」(小学校学習指導要領「第1 目標」)ものですが、とにかく何をするのかそこから分からない――。指導要領の続きを見ても、

第2 各学校において定める目標及び内容
1 目標

 各学校においては,第1の目標を踏まえ,各学校の総合的な学習の時間の目標を定める。

2 内容
 各学校においては,第1の目標を踏まえ,各学校の総合的な学習の時間の内容を定める。

 簡単に言ってしまうと「やり方も内容もお前らに任せるから、とにかく目標を達成しろ」みたいなずいぶんと無責任な話なのです。そんなものを105時間も与えられ――、
 これは教員にとって大変な負担でした。教員免許取得の際にもそんな勉強はしてきませんでしたし、どこかに手本があるわけでも教科書があるわけでもないのです。もちろん本気で取り組むと実におもしろい世界で、やればやるほどのめり込み、その挙句、結局は自らをさらに多忙に追い込んでいくことになったのです。本人が好んで行っているのかそうでないのかは別にして、「総合的な学習の時間」は創設以来一貫して教師の生活を圧迫し続けています。

 最近になって現れたのが小学校の「外国語活動」で、これは黒船のごとくやってきました。
 人に教えられるほど英語が堪能だったら教師になんかならなかったと感じている人も少なくないでしょう。40代・50代にもなって初めて英語を教える教員の、児童に対する後ろめたさに、政府文科省は思い至らなかったのでしょうか?

 以上、制度として明らかになっているものについてお話ししましたが、「追加教育」はそうした制度として確立したものばかりではありません。
「人権教育」「性教育」「キャリア教育」「食育」、その他諸々。
 これらはすべて昭和22年にはなかったものです。

「追加教育」によって教えるべき内容は爆発的に増えました。しかし「追加」が行われるたび新たな免許状が創設され専門の「教科担任」が配されるというものではありませんでした。すべて学級担任が行うようになっていたのです。

 これでは多忙にならないわけがありません。