カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「耳垢の科学」~アメ耳を掘ったらたいへんなことになった話

 どうでもいいことですが、これまでの人生の中で、耳かきを3本ほど折ってきています。と言っても何のことかわからないかもしれませんが、耳掃除をしている最中にあまりにも力を入れ過ぎて、その圧力に耐え切れず竹の軸が折れたのです。
 その話をすると、少しこの世界に詳しい人は、「冗談じゃない、そんなに強く掻いたらとんでもない病気になるぞ」と言い、実際そうらしいのですが、そこまで強くやらないときが済まないのです。何しろ趣味ですから。
 ではいつごろからそんなことを趣味にするようになったのかというと、たぶん学生の頃、信じられないくらい大きな耳垢を掘り出してからのことではないかと思うのです。快感でしたから――。ただしそれ以来一度として、同じような垢を掘り出したことはありません。とにかく暇に任せて耳を掻いているのでたまる時間がないのです。

 新婚のころ、妻の耳垢を掘ってやろうとしたことがあります。甘い雰囲気というより、長いこと大きな耳垢を掘り出していなくて、ストレスがたまっていたところに「おお! 手ごろな耳があるじゃないか」と思いついたというのが本音です。
「私、耳なんて掘ったことがない」という妻の言葉は、ほとんど天の声でした。きっととんでもなく大きなものが入っているに違いありません。ところが、覗いてみた耳の中に入っていたのは、巨大な耳掻ではなく縁にびったり貼りついた、松脂のようなものです。
「なんだ、こりゃ」
「私、アメ耳なの」

 耳垢がカサカサの固まりにならず、アメのようにねっとりしているのをアメ耳というのだそうです。何か気持ち悪くなりました。
 しかし不要なものがそこにあれば取り除かない理由はありません。そこで嫌がる妻を押さえつけ、ホジホジしているうちに妻が本気で怒りだし、痛みを訴えるようになったのでやめたのですが、翌日病院に行くとりっぱな外耳炎だと診断されて帰ってきました。アメ耳は掘ってはいけなかったのです。耳の内部は皮膚が生成されるに従って内から外に移動する性質があり、アメ耳の人は放っておいても出口まで出てきて、そこで自然乾燥してどこかに飛んで行ってしまうらしいのです。

 私の家族に誰もいなかったので気づかなかったのですが、アメ耳(湿性耳垢)の人は案外多く、日本人の16%もあまりにもあたるそうです。またこれには人種的な有意差があって、中国人や韓国人は4-7%が湿性、白人の90%以上、黒人の99.5%はみな湿性なのです。したがって欧米には耳かきという道具がなく、どうしても気になる人は綿棒にオイルなどをつけて溶かしながら除去するといいます。

 日本国内でも地域によって差があり、北海道や沖縄に湿性が多く、東北や南九州、北関東も比較的多いとされています。これはもともと湿性耳垢の多い縄文人の社会に、乾性耳垢の弥生人が中央深く入り込んだためと考えられています。北海道や沖縄には弥生人の影響が少なかったのです。初めに挙げたように中国人・韓国人に湿性耳垢がきわめて少ないことを考えると、とても理解しやすい事実のように思いました。

 湿性耳垢の人は体臭の強い傾向があるという説があります。 アメ耳の本体はアポクリン腺からの分泌液で、この分泌液はしばしばワキガの原因になるからです。しかしアポクリン腺分泌液にも匂いの強いものとそうでないものがあり、一概に湿性耳垢は体臭が強いとは言えないようです。

 また耳垢は弱酸性で殺菌作用や外耳道皮膚の保護、虫が入るのを防ぐといった働きがあるそうで、私のようにむやみに掘るのは、やはりよくないことのようです。