美しいことば

 例えばドイツ語は固く、フランス語は半分融けかかってビチョビチョ、イタリア語は軒や地面ではぜる雨音、ハングルは北朝鮮の国営放送の影響かやたら大仰で、最後は重々しくぴょんと跳ぶ“スムニダ”、そんな印象を持っています。

 フランス語に戻ればこれは世界一美しい言葉だという人がいますが、私はそうは思いません。やっぱりビチョビチョした感じがいやなのです。

 私が今考えているのは、果たして日本語は外国人の耳にどんなふうに響いているのかということです。何しろ日本人ですから日本語を聞けばみんな意味が分かってしまう。しかしそうではなく、ほんとうに純粋な音としてどんなふうに響くのかということです。

 これについて中国の日本寄りブログに「日本語ほど美しい響きを持った言葉を知らない」といった記述があったので気分を良くしていたのですが、なかなかそうはいきません。数学者で大道芸人もあるタレントのピーター・フランクルさんは「テレビ寺子屋」でこんなふうに言っていました。

「私は、ハンガリーの映画館で黒澤明の映画などを見ていましたが、そのころは『です』や『ます』ばかりが耳に残って決して美しいとは思えませんでした」

 なるほどね。私がハングルに対して「スムニダ」ばかりが気になるのとまったく同じです。

「日本語ほど豊かな表現をもった言語はない」という言い方もあります。

 私はガチガチの民族主義者ですから、「日本は素晴らしい」とか「日本人は優れている」とかいった言葉にまるっきり弱くてすぐにその気になるのですが、これも単純な話ではないみたいです。

 イヌイットの言葉には雪に関する膨大な表現があるそうです。

 英語にはなぜか人間の移動に関する言葉がたくさんあるようです。

wark,amble,escort,pace,parade,patrol,plot,trek,wander,stroll,stride,roam,

march,perambulate,promenade,traverse,trudge,toddle,tour,stalk

 誰かを守って歩けばエスコート、後ろから歩いて行けばストーク、偵察して歩くのはパトロールといった具合です。

 数学者の藤原正彦さんは「英語はケンカをするのに便利な言葉だ」と言ったことがあります。たしかに様々な文化と接触し、交渉し、戦ってきた国の言葉だからケンカ向きかもしれません。しかしそれを言うなら日本には、大阪弁という極めてケンカ向きの言葉があります。

 岡山弁・広島弁となるとさらに切っ先が鋭い感じです(というのはこれらの府県以外の人間の感じ方かもしれませんが)。

 いずれにしろ、どの国の言葉が美しいとか表現が豊かだとかいうのはそれ自体が愚かなのであって、それぞれ多少のずれはあるものの、同じ人間が操作するそれぞれの“言語”なのですから、総量としては大差ないというのが事実なのでしょう。