カイト・カフェ

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「トレンチ」~試掘坑もしくは塹壕の話

 福島第一原発の事故の報道の中で「トレンチ」という懐かしい言葉が出てきました。福島原発の場合はケーブルや配管を通す穴のことらしいのですが、戦場では「塹壕」、遺跡発掘では「試掘坑」と呼ばれる細長い穴のことを言います。
 私が懐かしいと言ったのは一番最後の意味で、今から30年以上以前、埋蔵文化財研究所で穴掘りのアルバイトをしていた時期に実際見ていたからです。場所は今でいう「◯◯高速△△サービスエリア」のあたりです。

 一般に遺跡の発掘というのは地域を回って古老の話を聞くところから始まります。このあたりで矢じりの出るところはないか、土器の破片を拾ったことはないかといったことです。

 そこから目星をつけて地権者の了解を取り(高速道予定地はすでに買収が済んでいるので問題はありませんが)、樹木を伐採して更地にしたところから作業を始めます。その最初にやるのがトレンチ(試掘坑)掘りです。
 遺跡発掘のトレンチは幅1m50cm×長さ5m、深さは(場所によって異なりますがそのときは)3mほどの直方体を切り取ったような穴です。もちろん私たちが掘るのではなくプロの仕事なのですが、プロというのは本当にすごいもので深さ3mの壁を垂直に掘ってしまいます。私なんぞがやれば果てしなく壁が崩れて巨大な穴にしてしまいそうなのを、鮮やかに直方体を切り取ります。そしてトレンチができあがると、みんなで中に入り、壁を見ます。

 たて3m×横5mの壁に浮かび上がる地層は、私たちにいろいろなことを教えてくれます。たいていの場合一番上の層は畑をつくるために遠くから運ばれた良質の土の層です。その下にガラス片の混じった層があるとそれは廃土と考えられます。他にも洪水の跡があったり新たな土が運ばれたりといろいろあるのですが、中でも重要な層は火山灰の層です。

 火山灰層は噴火の跡ですからその土の色と厚さによって何年の噴火のものかということがはっきりしています。つまりそれと対比することで遺跡が掘り出されたときに、それが何年のものか確定できるのです。

 地層の検査が終わるといよいよ本格的な発掘です。本部からはこんな形で指示が出ます。
「黒土は畑の層ですからこれは全部取ってください。赤っぽい層が出たらそこでいったん中断し、赤土の部分を全面にむき出しにします。そこから先はまた考えましょう」
 こうやって一枚一枚地層をはがし、先へ進むのです。

 ひとつ問題が残ります。その、最初のトレンチ掘りの際に重要な遺跡や土器を壊してしまったらどうするのかという問題です。これについての答えは簡単です。諦める、それしかありません。実際に、私が発掘に行った現場でも、最終的に一番いい土器はトレンチの中で壊してしまったものでした。

 この時の発掘で、私はとても面白い事実を知りました。しかしそれはまた別の機会にお話します。