カイト・カフェ

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「教師はあまりにも知らない」~教師の教養と学校のアカデミズム②

 教師、特に社会科の教師は見てきたような話をするのが仕事だ。
 中国に行ったこともないのに中国の話をする、
 江戸時代に生きたこともないのに、さも生きていたかのように話す。
 それだけに少々突っ込まれると弱い。そんなとき、どうしたらよいのか。

という話。

f:id:kite-cafe:20210427072228j:plain(写真:フォトAC)

 

【小中学校の教科書に載るような偉大な事件・人】 

「将来どんな大人になりたいと思いますか?」と問われた東大生が、「百科事典に載るような人になりたい」と答えたという話を、ずいぶん昔に聞いたことがあります。さすが東大生、考えることが違うと感心しました。
 いくら各界で成功しようと、あるいは金持ちになろうと、それだけでは百科事典に載るようにはなりません。何らかの社会的・歴史的業績を残さない限り、そうはならないのです。
 高い基準です。しかし私はさらに高い基準を知っています。小中学校の社会科の教科書に載ることです。

 人物でいうと難しいのでことがらで比較しますが、私が「三大雪中暗殺事件」と呼ぶ「赤穂浪士の討ち入り」「桜田門外の変」「2・26事件」、この中で最も人気が高く繰り返し演劇や映画の題材として取り上げられるのは「赤穂浪士の討ち入り」ですが、これが小中学校の教科書に載ることはありません。

 理由は簡単です。この事件で幕府はすこしばかり賢くなりましたが(*)それ以外にまったく歴史に影響を与えず、何の変化も起こさなかったからです。桜田門外の変も2・26事件も歴史に大きな爪痕を残したのに、赤穂浪士の討ち入りは歴史に何の変化も起こさなかった、だから教科書に載らないのです。
浅野内匠頭の刃傷事件から24年後、同じ江戸城の松の廊下でそっくりな事件が起こったが、その時はうまく処理している。

 同じ観点からすれば、平成以降の大事件でも将来教科書に載るものはわずかです。バブル崩壊東日本大震災原発事故、人物ではノーベル賞山中伸弥先生くらいのものでしょう。教科書は内容を精選されつくしているので、これくらい大きな事件・大きな業績でないと載って来ないのです。
 一連のオウム真理教事件も歴史までは変えませんでしたから載らない、阪神大震災東日本大震災に取って代わられる、平成以降のノーベル賞受賞者は20人もいますが受賞内容の影響力や身近さという点で載るのは山中伸弥先生お一人でしょう。もちろん小中学校の教科書ですから一人選ぶと他が入らないという事情もあります。

 昨日は葛飾北斎の話をしましたが、中学校の歴史の教科書に必ず載っているこの絵師、そうなるととんでもなく偉大な人物ということになります。数十年、いやもしかしたら数百年にひとりの逸材なのかもしれません。だから教科書に載っている。それなのに教える側の教師には、北斎に関する知識がほとんどないのです。

 

【教師はあまりにも分かっていない】

 かくいう私も北斎の偉大さについて分かってきたのは60歳を過ぎてからです。つまり教員を辞めてからということで、ほとほとホゾを噛むような思いです。

 しかしそれを言い出したら授業なんてできないのも事実で、「租・庸・調」の租ってわずか3%だけどなぜそんなに低い税率だったのだろうかとか、壬申の乱の「壬申」って何なのかとか、中宮彰子(ちゅうぐう・しょうし)はなぜ「ちゅうぐう・あきこ」ではないのかとか、ツッコミどころが満載。現在はネット検索がありますからずいぶん調べやすくなりましたが、調べやすい分、うっかり入り込むとどツボにはまることも少なくありません。調べておいた方がいいこと知っているべきことは、実際に教えることの数十倍もあるのです。とてもではありませんがやり切れるものではないのです。

 もちろん先週の水曜日の「歴史探偵」を観たばかりの私には、北斎について語ることが多少はあります。さらにその昔、「新北斎展」だとか「北斎ジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」展だとかを観に行った時の経験を踏まえれば、けっこう語ることはあるように思います。

kite-cafe.hatenablog.com

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 しかし生徒の方が一歩踏み込んで、

「その浮世絵って、何枚くらい売れたの?」
「庶民が買ったの?」
「家に飾ってあったわけ? どんなふうに保管したの?」
と尋ねられたらすぐにおしまいです。たった一言で馬脚が現れてしまいます。。

 どうしたらよいのか――。

 

 【さらに突っ込まれたら】

 一昔前は教師としては最善を尽くし、あとは諦めるしかありませんでした。
 私が60歳を過ぎてから北斎に近づけたのも結局は時間があったからで、現場の、しかも担任教師だったりすると休日に美術館に行っている暇もありません。美術館に絞ればなんとかなるかもしれませんが、学ぶべきことは他にいくらでもあります。

 そこで、子どもに突っ込まれたら誤魔化さず、
「ゴメン、それについては分からない。次の授業までに調べておくと言いたいけど、約束が守れる自信もない。その質問は私も心に留めておからキミも覚えておいて欲しい。覚えておきさえすれば、いつか解決する日がくる。そのとき、できたら情報を交換し合おう」
 そんなふうに言って済ませることが多かったのです。行き詰まったら棚に上げて放置するというのも、優れた対処法のひとつですから。

 しかし今はインターネットがあります。とりあえずひとこと、
「調べてごらん」
と言っておきます。

(この稿、続く)