カイト・カフェ

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「ちびくろサンボ」~一家族たった三人が葬り去った傑作

 私は毎年、年賀状を三種類作ります。ひとつは私個人のもの、ひとつは家族として出すもの、そして最後が児童・生徒向けのものです。前の二つには自分や家族の近況報告を書きますが子どもはそんなことに興味がなさそうですから、その年の干支について調べ、年賀はがきにびっしりと薀蓄を書きこむようにしています。元旦から勉強してもらうのも悪くありません。

 今年はトラなので、動物のトラについて調べ、さてトラを扱った名作はないのかと思い起こしているうちに、ここ何年もの間「ちびくろサンボ」という名作に出会っていないことに気づきました。私が子どものころにはどこの図書館にも必ずあった赤い本です。

 最後の場面で4頭のトラが互いの尻尾に噛み付いて輪になり、ぐるぐると回っているうちに溶けてバターになってしまうというのが、何度見ても愉快でした。そんな本がなぜなくなってしまったのか。

 調べてみると1988年に大阪の「黒人差別をなくす会」の猛烈な抗議により、80種類近くもあった「ちびくろサンボ」がすべて絶版とされ、あちこちの図書館から一斉に捨てられてしまったのです(私は当時中学校にいましたから記憶にありませんが、先生方の中には覚えておられる方もいるかもしれません)。

 問題はその「黒人差別をなくす会」が、9歳の男の子とその両親という、わずか3人で構成された市民団体だったということです。この3人が各出版社に抗議文を送り、マスコミを動かして「ちびくろサンボ」を死に追いやったのです。

 この会はその後、白いシルクハットに白いタキシードの黒人というカルピスのシンボルマークを使用中止に追い込み、玩具の「タカラ」の商標(ダッコちゃんマーク)にも噛み付いて葬り去ることに成功します。

 1990年には黒人の登場する全出版物の点検に取り掛かり、その中には手塚治虫の「ジャングル大帝」もあったため、手塚プロは「手塚治虫漫画全集」(全300巻)を一時出版停止にしてしまいます。さらに「Drスランプ」や「こちら葛飾区亀有公園前派出所」などにも抗議するなどして修正させ、その結果、日本のコミックから黒人そのものをなくしてしまいました。現在でも、子ども向けコミックに黒人が出てこないのは、おそらくそのためです。

ちびくろサンボ」は2005年に至ってようやく復刻されます。しかし多くの図書館ではこれを積極的に買い取ろうとはしていません。

 世の中はたった3人でも変えることができるのです。

 世界の戦争は常に正義の名の下に行われますが、私はときどき、本気で正義にウンザリすることがあります。

(復刻版「ちびくろサンボ」)