カイト・カフェ

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「勝つことを強いられる国の凄さと不安」~バーバラ・ブッシュ元大統領夫人の言葉から

 ヒラリー・クリントンが次期大統領候補に立候補したとかで、現大統領が『アメリカの大統領はブッシュ(41代)―クリントン(42代)―ブッシュ(現職)―クリントン(次期)だ』と言ったお世辞も、あながち夢ではないのかもしれません。
 ややこしいことに現大統領のジョージ・ウォーカー・ブッシュの父親である第41代大統領は名前がジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュで、普通に記述すると「ジョージ・ブッシュ」でまったく同じ。父子を区別するのは容易ではありません。私はその父ブッシュの方に印象的な思い出があります。

 それは1992年に来日したときの天皇主催の晩餐会でのできごとです。
 晩餐会が始まってまもなく、父ブッシュ大統領はがズルズルと椅子から滑り落ちてしまい、嘔吐してそのまま救急車で病院に運ばれてしまったのです。アメリカ大統領の体調急変ですから世界が震撼し、各国にトップニュースで配信されました。

 天皇主催の晩餐会はしかしそのまま続けられます。中止するほどのことではないとのアピールも必要だったのかもしれません。
 大統領がすべきスピーチは急遽夫人のバーバラに任されることになりました。

 夫人は大統領の病状が心配するほどのものではないと語ったあと、
「今回のこの事態については、駐日大使のアマコストに第一の責任があるように思われます」
と語り、場内を緊張させます。天皇主催という超一級の席上で、世界のメディアが注目する中、大統領夫人が駐日大使を批判するのですから穏やかではありません。
 続けて言った言葉はさらに衝撃的でした。

「今日、大統領は天皇一家とテニスの試合をしました。ところがアマコスト大使が下手なばかりに、2試合して2試合とも負けてしまったのです。大統領はそれがショックで倒れたに違いありません。ブッシュ家の人間は負けることに慣れていないのです」
 場内は大爆笑、。当のアマコスト大使も大笑いで椅子から転げ落ちんばかりで、拍手はいつまでも鳴りやみませんでした。

 私はニュースでその場面を見ながら、アメリカのファースト・レディの実力というものをまざまざと見せつけられたと感じるとともに、「負けることに慣れていないブッシュ家」というものに恐れに似たものを感じました。

 アメリカの子どもは人を思いやれとか他人を気遣えといった教育は受けてきません。その代わり「人に負けてはいけない」「人に勝ちなさい」という教育を受けて育ってきているのです
 才能のある人間にとっては可能性に満ち溢れた国ですが、凡人にとってはかなり苦しい社会ともいえます。

 日本の場合、人生の最初の分基点は中学校3年生の終わりに来ます。その時点で非常に多くの子どもたちが東大から官僚へあるいは研究者へといった道から遠ざけられます(というのは、東大へ進学できる高校は、現実的には限られているからです)。
 大学入試で再び試され、ほとんどの子どもたちは否応なく等身大の自分を認め、その中で生きていくようになります。そして普通は、就職という形で自分の位置を決定してあとはあまり動きません。再チャレンジの効きにくい国です。

 アメリカはそうではありません。しかしいくらでもチャレンジの効く社会というのは、何度でも人生に挑戦し、そのたびに這いあがることもできるが蹴落とされることもある、そういう社会なのです。

 10年の後、あなたの息子は国会議事堂の赤い絨毯の上を歩いているのかもしれません。そして逆に、ハローワークの白い床の上に座り込んでいるのかもしれないのです。

 一度決まった人生がなかなか変更できない日本社会の在り方が批判されることの多い昨今、もしかしたら日本にも、人を思いやる前に勝つことを考えなさい、と教える時代が来るのかもしれません。