「日本人ブランドを高め、維持する」~ワールドカップ清掃の何が悪い!②

 ワールドカップの会場での清掃は、
 結果的に日本人ブランドを高め、維持することに繋がる。
 企業の仕事も外交もやり易くなる。それをわざわざ、
 ゴミを増やして、彼の国の身分制度を維持してやる必要はない。
 という話。(写真:フォトAC)

【いきり立つほどのことはなかった】

 カタールサッカー・ワールドカップ会場では、日本人サポーターたちが敗戦にも関わらずスタジアムを清掃して、また海外のメディアで評判になっています。別の国では敗戦に怒った市民が暴動を起こしたといった報道もあり、対比されたわけでもありませんが、自ずと日本の評価を高めることになりました。諸外国はサッカーで暴動を起こすくらいが当たり前ですから。
 
 昨日は金曜日以来のわだかまりと敗戦ショックで言いたいことを一気にまくしたてましたが、落ち着いて考えたらワールドカップ清掃にケチをつけられたことなど、大した問題でもありません。
 Twitterで価値に小便をかけた(スミマセン、二日たっても適切な表現が浮かびません)人たちも、これが不道徳な人物でなければ私も頭に来たりしませんでしたし、有名人でなければTwitterで評判になりYahooニュースで取り上げられることもありませんでした。いつも申し上げている通り、日本には1億2600万人に近い人が住んでいて1万人にひとりといった稀有な変人が1万2600人もいるのです。その中に有名な悪人が二人ほど混じっていて、だから少々騒ぎになったという、その程度の話です。気にしないようにしましょう。

 もっともTwitterのアクティブユーザーは4500万人もいるとかで、そこからわざわざこの二人を選び出して記事にしたのはYahooニュースです。
 通称ヤフコメと言われるYahooニュースのコメント欄は、旧2ちゃんねるの流れをくむ人々の鬱憤投擲場みたいな言われ方をします。しかしなかなかどうしてYahoo自体がせっせと炎上のタネを探し出しては競技場の中央に投げ込んだりしている様子もあるのです。炎上による広告収入が目的なのでしょうが、ニュースと名乗っているにしてはあまりにもエゲツナイ態度。そうは言っても私もしばしば投擲参加者ですし、Yahooニュースの便利さには勝てませんが――。

【あの人たちは私たちが育ててきた】

 ところで、悪人のひとりの大王製紙元会長は、
サッカー場のゴミ拾いを褒められて有頂天になる日本人が悲しい そんなちっぽけな自尊心が満たされてうれしいか?」
などとおっしゃっていますが、私は日本人が褒められるのを聞くとどうしてもうれしい。ひとつには単純に、日本代表がドイツに勝って嬉しいとか、別の場面では日本人大リーガーが活躍してうれしいとか、オリンピックで日本選手が金メダルをとったのでうれしいとか、そういったのと同じです。ちっぽけかもしれませんが同胞が活躍するのは悪い気はしません。清掃をしたのはサポーターの日本代表みたいな人たちですから、誉められるとやはりうれしい。

 そして同時に、公共の場を美しく整えるという習慣は、「自分の出したゴミは捨ててはいけません」とか「来た時よりも美しく」とか「クリーン大作戦(遠足などの行先での清掃活動)」とかいって私たちや私たちの先輩が、繰り返し教え訓練してきたことだからうれしい。
 もちろん親も企業も地域も清掃の重要性を指導してきましたが、計画的・組織的・全体的に子どもを指導したのは、日本では学校と幼稚園・保育園だけです。そうした教育の成果が、いま遠い外国の地で花咲いている、うれしくないわけがないじゃないですか?

【日本人ブランドを高め、維持する】

 日本人の評価を高めることは日本ブランドを高め、維持することです。
 いまとなれば信じられないことですが、私が子どもだった1960年代、日本の工業製品といえば「安かろう、悪かろう」だったのです。おそらく1920年前後、第一次世界大戦が終わったばかりのヨーロッパに大量に流れ込んだ日本製品が粗悪だったからでしょう。60年代といえばそのわずか40年後でしかありません。そこからソニーやホンダを先頭に、地道な努力を重ねてようやく日本製品のブランド化は進められたのです。

 そして同時に海外の日本人駐在員や旅行者は、日本人自体をブランドとして育てることに成功しました。日本人だというそれだけの理由で、信頼してもらえる世界をつくったのです。
 今や多くの国々で、日本人は手続きを簡略化してもらったり優先的に対応してもらえたりするようになっています。信用度が違うのです。ワールドカップの清掃は、それを一段と強化するはずです。

 国際サッカースタジアムで掃除をしたくらいで、とバカにする人もいますが、評価とかブランド作りとかは、そうしたささやかな活動の積み重ねの上にしか成り立ちません。大量の資金と人員を注ぎ込んで次々とインフラを整備をするだけの国が、どれほど地元の人々の信頼を勝ち得るかは、彼の国を見ればわかることです。

【下層民の生活を守ることで身分制を維持させる】

 昨日までの報道では、イラン、サウジアラビア、モロッコやフランスなどのサポーターも清掃活動を始めたとか。サッカーといえば勝っても負けても飲んで暴れるフーリガンのような行動がつきものですが、「サッカーといえば応援グッズと一緒にゴミ袋をもって行くものだ」といった文化が定着すればどんなにすばらしいことか。資源保護だとかSDGsとか言っても、結局はそういったところから始めるしかないのです。

 舛添さんの言う「観客が掃除まですると、清掃を業にしている人が失業してしまう」というのは筋の違う話で、「ゴミを増やすことが、清掃を業にしている人を豊かにする(だからどんどん捨てよう)」と言い換えればとんでもないことだとすぐに分かります。
 たかがワールドカップ中のごく一部の試合で、観客が掃除をすると失業者が増えるなどということはないと思いますが、それにしても下層民の生活を守ることで身分差別を続けさせることに、それほどの意味があるとは、とうてい私には思えないのです。