本名を知られると危険な人たちもいる、例えば芸能人。
だから彼らは芸名を手放さない。
しかし私たちの世界は、いまや名前ばかりでなく、
すべて丸ごと、取られてしまう時代になったのかもしれない。
という話。
(写真:フォトAC)
10年近く以前に、中学生の子どもたちに話した内容を転載しています。
【芸能人の名の秘匿】
安倍晴明や千尋が名を比して自分を守ったのは、ファンタジーの中の話です。では現代のリアルな世界で、名前を奪われないように何らかの仕掛けや努力をしている人はいないのでしょうか。
実はいろいろな理由で、それを実行している人はたくさんいるのです。たとえば芸能人。
堀北真希、綾瀬はるか、ベッキー、石原さとみ、柴咲コウ・・・これらは本名を明かしていない芸能人です。実際には何人か、本名が知られた人もいますが、公式には出していません。ホームページのプロフィールを見ても空欄のままです。
芸能人がなぜ本名を明かさないかというと、自分ばかりではなく、周囲にも魔がつくと信じているからです。そして本名で芸能界にデビューしたばかりに魔につかれた人も、実際にいました。
有名なところではAKBの高橋みなみさん。この人の場合は弟が餌食になりました。有名人の弟となると周囲からいろいろな声がかかるのです。サインをもらって来いとか今度会わせろとか――普通の人は遠慮があるからそんなことは言いませんが、普通でない人、ろくでもない人は遠慮なく、しかもしつこくやってきます。
さらに本名だと、芸能界を辞めても延々と昔のことが掘り返されます。ですから芸名というのはけっこう役に立つのです。
では、私たち一般人はどうでしょう。私たちは名前を盗られる心配はないのでしょうか?
【誰かが私のことを、全部知っている近未来の世界】
実はそれがあるのです。名前どころか、私たちの一切合財を盗られる可能性が、今やむしろどんどん大きくなっているのです。
もう一本ビデオを見ましょう。
「マイノリティ・リポート」という2002年のアメリカ映画。主演はトム・クルーズ、監督はスティーブン・スピルバーグです。
時代は近未来、そう遠くない将来です。場面は、殺人犯と疑われた主人公のジョン・アンダーソンが未来の街中を逃げ回るところです。
何に注目してもらいたいかわかりますか?
主人公のジョンが行くところ行くところ、彼が好きそうなものだけが次々と広告となって表れるのです。「ストレスですか、ジョン・アンダーソン」「ジョン、ギネスを一杯どうぞ」「旅に出ませんか、ジョン・アンダーソン」といった具合で、街中にある監視カメラが彼の目を捉え、目の中にある細かな筋から彼をジョン・アンダーソンだと特定して彼にふさわしい広告だけを突きつけるのです。
ある意味でこれは便利かもしれません。たとえば私はコーヒーが好きですが、紅茶はあまり好みません。そんな私がレストランの前を通るとショーウィンドウにずらっとおいしそうなコーヒーの銘柄が並ぶのです。紅茶とかココアなんか出ません。何となく入ってみたくなりますね。
ホームセンターに行けばこの前から気になっていた大工道具のセットが何種類も見せられる、スーパーマーケットに行くとカツライスとキムチ鍋の写真とそれに必要な材料がずらっと出る、それで「ああカツもキムチ鍋も好きなのに最近食べていないなあ」と思い出し、思わず買ってしまう・・・。
でも私にとって一番迫力があるのは、本屋さんの前に行ったら、私の好きそうな本だけが映像でずらっと並べられているという世界です。そうなると買おうと思った以上に、余計に買ってしまいます。それって便利ですよね。でも同時にかなり気持ち悪くはありませんか? だって自分のことが全部知られているのですから。
いくらなんでもそんな時代は来ないだろう・・・そう思いますよね? でも案外そうでもないのです。
【アマゾンは部分的に私よりも私に詳しい】
私はよくインターネット通販のアマゾン・ドット・コムというところで買い物をします。これがそのアマゾンの画面です。ここにはお薦め本の紹介があります。
見てください。「フラーニーとゾーイ」「ナイン・ストーリーズ」「『父』という余分なもの」「人類進化論」「家族進化論」「暴力はどこからきたのか」・・・驚いたことに私が読みそうな本ばかりずらっと並んでいるのです。料理の本だとか編み物の本など絶対に出てきません。なぜそうなるのなのか。
それは私がアマゾンでしょっちゅう本を探しているからです。最近はサリンジャーという作家の本を探し、ゴリラに関する著書を選び、家族について調べました。料理や編み物の本など触りもしません。そこからコンピュータは分析して「だったらこちらの本にも興味があるだろう」「こっちはどうだ」というふう提示してくるのです。つまり私はアマゾンに完全につかまえられています。そしてアマゾンはクレジットカードから料金を引き落としますから、カード会社も私の好みを知ることになります。
私自身は買った本のことをしばしば忘れ、同じ本をまた買ったりということもありますがコンピュータは忘れません。つまり私以上に私のことに詳しいことになります。
何か嫌ですね。
(この稿、続く)