「しぶとい民族」

 台風19号はみごとに日本列島を縦断して三陸沖に抜けて行きました。その巨大さ強さにも関わらず、被害は最小に留めることができたようです。それはおそらく、進路や到達時間が正確に予測されたこと、そして事前の警告が十分だったためだったと思われます。不用意に外出したり危険な場所に行く人が少なかったからでしょう。これが半世紀前だったらそうはいきません。当時の天気予報はあまりあてにならなかったからです。

 さらに50年前、明治時代に遡れば天気予報は“占い”以下でした。日清・日露戦争では「測候所」が弾除けのおまじないだったとさえ言われています(当たらない、当たらない)。当時、あるいはそれ以前に今回とおなじ台風に襲われていたら、この程度の被害では済まなかったことでしょう。日本人はずっとそれに耐えてきたのです。

 半世紀前のベストセラー「日本人とユダヤ人」の著者のイザヤ・ベンダサンは次のように言っています。

『日本とパレスチナを比較する時、私は「神よ、これは余りに不公平です」といわざるを得ない。日本人をユーラシア大陸から少し離れた箱庭の様な別荘で何の苦労もなく育った青年と見るなら、ユダヤ人はユーラシアとアフリカをつなぐハイウェイに裸のまま放り出された子供である』

 たしかに政治的には、日本人は無風状態と言える幸せな環境にありました。明治維新前後の世界情勢を見ると、地政学的有利さとともに、ありえないほどまれな幸運に恵まれた民族とも言えます(その意味では日本人こそ“選民”であるのかもしれません)。

 しかし天災となると、日本人こそハイウェイの民でした。毎年の台風はもちろん火山噴火に巨大地震津波、地滑り、崖崩れ、洪水、氾濫・・・数え上げたらきりがありません。そのたびに生活はリセットされ、一からの出直しです。家族が犠牲になれば「一から」でさえないのです。けれどそれでも繰り返し繰り返し立ち上がってきます。

 私の義母(妻の母親)は百姓家の生まれで苦労した人です。実家はすでに農業をやめ、河川敷にあった畑も手離して長くなるのですが、その畑が洪水で流されたとき、こんな話をしてくれました。

「畑が洗われれば、三年、肥やしはいらない」

 上から流されてきた肥沃な土が全面を被うので、向こう三年くらいは肥料をやらなくてもいいのだということです。今年の収穫がなくなるわけですから不幸でないわけはないのですが、それでも未来の希望に目を向けている――。

 東日本大震災のとき、諸外国の人々を驚かせた言葉に「しょうがない」があります。元の意味は「手の施しようがない」「諦めるしかない」という意味だと思うのですが、この言葉は決してあきらめの苦しさ辛さを含んでいません。感じられるのは「すべて諦めて、しかしさあ、やり直そう」という静かな決意です。

 ほとほと日本人というのはしぶとい民族です。