「受援力とプロ・ボランティア」〜災害支援の経験とあり方2

(イヴァン・アイヴァゾフスキー「嵐の海の船」)

【生かされたこと、難しいこと】

 被災地のニーズ把握を待たずに物資を送ってしまうやり方をプッシュ式と言います。熊本地震の際に政府が大々的に行ったことで一般には知られるようになりました。政府は数日してプッシュ式をやめ、ニーズに従って物資を送るプル型に切り替えましたが、プッシュ型・プル型どちらもにも長短があって一概にどちらがいいとは言えない状況があったようです。

 昨日お話ししたように、今回の西日本豪雨災害でも現地から不満の声が上がっています。

 ボランティアの配置についても、マスメディアで連日報道されている地区には大量に訪れるのに、名前の出なかった隣町にはほとんど来ないという不幸なアンバランスがありました。

 これらは過去の災害経験がうまく行かせていない部分です。そもそもうまく行かないものなのかもしれません。

 一方、繰り返される災害支援の中で自然に学ばれ、有効に働く知恵もたくさんあります。

 例えば今回、早い段階で「当初のボランティアは県内に限る」と表明した自治体がいくつもあったことなどはその代表例です。

 被災当初は自治体も状況把握に手いっぱいで、とてもではありませんがボランティアの対応にまで手が回らない――そういったことが広く知れ渡りようになり、また「県内に限る」というアナウンスがボランティアに出ようという人たちに失礼ではないという知識も広まって、安心して出せるようになったからでしょう。

【受援力の話】

 さらに今回の西日本豪雨では「受援力」という言葉が盛んに用いられ、被災地の「支援を受ける能力」についての議論がなされました。

 私はうかつにも気づいていなかったのですが、全国の自治体は大きな災害があるたびに職員を出してきました――その経験が、いざ自分の町が被災したときに役に立つというのです。

 何年にも渡って数か所のボランティアに参加し、例えば支援物資の仕分けに集中して従事すれば自然と合理的な仕分け方法が身につく。私の見たニュース番組では市役所のガレージをすべて空にして、そこに物資を置き被災者に取りに来てもらう「ガレージセール方式」が紹介されていましたが、これなどはすぐにまねができます。もちろん避難所に届ける物資もありますから、別の方策も考えなくてはなりませんが、ひとつひとつそんなふうに生かして行くわけです。

――不謹慎を承知で言えばずっと現場研修を続けてきたようなものです。だから強いに決まっています。まさに「情けは人の為ならず」です。

【プロ・ボランティア】

 大きな災害のたびに放送される光景のひとつは、以前の被災地からのお礼支援というものです。例えば東日本大震災の際には阪神地区から大量のボランティアが集まり、口々に「あの時世話になったお礼のつもりできました」とマイクに向かって語っていたりしました。やがてそれは北九州豪雨にも熊本地震にも、そして今回の西日本豪雨にもリレーのように受け継がれていきます。

 感謝の鎖をつないでいく美しい話です。しかし見方を変えると、ボランティアとして以前の被災地からやってきている人たちは、単なる感謝の親善大使ではなく、被災現場のプロばかりです。

 被災者としての苦労も哀しみも十分に知っていて、何がうれしくて何が困るのかよくわかっている人たちです。被災者に寄り添うにこれ以上の人材はいません。しかし同時に、以前の災害では復興の働き手でもあったはずで、壊れた建物の後片付けをし、避難所の自主運営をしたり支援物資の移送を手伝ったり――つまりこれから行おうとしている活動に十分な技能をもった人たちなのです。

 災害ボランティアとして十二分な技能をもった人々――彼らのことをプロ・ボランティアと呼ぶことにしましょう、と書きかけて、ふと思い直しました。

【二人目のプロ・ボランティア】

 プロ・ボランティアと呼ばれていいいのはかつての被災地から来る人だけではなく、大きな災害があるたびに被災地に向かう人々、東日本にも行った、九州北部にも行った、常総市に行った、熊本にも行ったという人達たちもそうではないかと気づいたのです。そういいう人たちは必ずいる、しかもかなりたくさんいる。

 自腹を切って装備を整え、休暇をつぶして被災地に行けるく人、力仕事を含めてある程度自分の技能に自信を持っている人、そして何よりも他人の不幸に心を寄せ、黙々と働くことを厭わない人ーーそんな人たちが東日本には行ったが熊本には行かない、北九州豪雨には行くが西日本豪雨には参加しないといった選択をするはずがありません。事情が許す限り、できるだけ多く参加しようとするに決まっています。

 考えてみれば今回の災害ボランティア、今までになく過酷な作業であることはニュースを見れば明らかです。それなのに敢えて出かけようという人たち、尋常でないほど立派な人たちばかりにちがいありません。

【ものと人材を生かす】

 物資も豊富で人材もほとんど無制限に期待できる現状で、しかし様々なことがうまく行かない。それはなぜか――。 

 その答えは結局もとに戻って、

「被災地に人や物を仕分ける能力がない。被災した当初、自治体の職員は一気に大量の業務に曝され、押し寄せる物や人に対応できない」

ということに尽きます。

 そこを何とかするしかありません。どんな方法があるのかーー。

(この稿、続く)