「平成の戦い―対ゲーム戦」~学校が戦った昨日の敵、今日の敵、明日の敵 2

 テレビとの戦いは終わった

 しかしそれで学校に平和が訪れたわけではない

 子どもが以前のように勉強するようになった というわけでもない

 そこにはもっと厄介で、根深い問題が生まれていたのだ

というお話。

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 先週金曜日(2019-03-08) 

kite-cafe.hatenablog.comの続きです。

 

 昭和の最後の十数年、学校はテレビが垂れ流す性や暴力との戦いに明け暮れた、といったお話をしましたが、その戦いはあっけなく終わってしまいます。

 

 私たちが勝利したわけでもテレビが勝ったわけでもありません。子どもたちの興味が別のものに移ってしまったからです。

 1983年(昭和58年)に任天堂より発売されたファミリーコンピューター、通称ファミコンです。

 テレビに比べれば格段に中毒性が高く、刺激的で、止まらないオモチャです。

 

 

【親たちの敗戦】

 ファミコンが発売されたとき、親たちはとんでもない勘違いをします。

 コンピューターと聞いただけで「自分たちには分からないもの」といった烙印を押す人たちがかなりいて、しかも、

「これからはコンピューターの時代だから、子どものうちから少しずつでも触れておいた方がいい――」

 子どもの方もそんな説得の仕方をしましたから、ついついソフトも合わせれば2万円もする高価な機械を、唯々諾々と買い与えてしまったのです。

 

 あれが「ファミリー・コンピュータ-」という名ではなく「ファミリー・ゲーム」だったら状況はまったく違ったものになっていたのかもしれません。任天堂命名の勝利です。

 

 それがどんなに恐ろしい機械かということはほどなく理解されるようになります。しかし時すでに遅し、ファミコンは瞬く間に大部分の家庭に普及してしまいます。

 一部では親たちも夢中になって手放せなくなる。親子の良いコミュニケーションだなどと言い出す人たちも出てくる。

 しかし確実に言えることはゲーム機が子どもたちの学習時間と睡眠時間を奪い続け、親子の闘争のタネにもなり続けたということです。

 

 新しいソフトを買うか否か、後続のゲーム機、セガサターンだのスーファミスーパーファミコン)だの、あるいはプレイステーションだのを買うかどうかといった節目のたびに、重大な家庭内抗争が勃発し、嫌な気分を共有し、結局、親たちが負け続ける。

 

「必ず時間が来たらやめるから」

「1日30分以上は絶対しないから」

「宿題を済ませてからやるようにするから」

「もう次の誕生日まではソフトが欲しいって言わないから」

「必ず勉強するから」

「絶対成績を上げるようにするから」

「お手伝いをするから――」

 

 しかし新しいソフトやゲーム機を買うために多額の資金を投入するのは“今”の確実な行為です。

 一方、時間が来たら必ずゲームをやめるか、30分以上やらないか、宿題を済ませてからするか、ソフトを欲しがらないか、勉強するか、成績を上げるかは、“未来”の不確実な要素です。もちろんそうなれば素晴らしいことですがそうならない可能性もある。

 

 確実に手元にある資金を投げ込んで不確実な成果を手に入れようとすることを、私たちは“ギャンブル”と呼んでいます。つまりゲーム機問題は親が子どもを対象としてギャンブルを行い、結局、負け続けた歴史だと、そんなふうに言うこともできるのです。

 

 

【教師の敗戦】

 一方、教師もこの問題に関して重大なミスを犯しました。少なくとも私はそうでした。ファミコンの破壊力に気づくのが遅れたのです。

 

 確かに、あとから考えるとそれは危険極まりない道具でした。

 なにしろ私たち自身が1970年代に時間と金を使いすぎて身を滅ぼしそうになったアーケードゲーム――「ポン(卓球ゲーム)」だの「ブロックくずし」だの、「スペースインベーダーゲーム」、その進化系の「ギャラクシアン」、そして「パックマン」、さらには当時にあって異常なほどリアルな画像の『ゼビウス』――それが家庭に入ってこようとしていたのです。

 大学生やいい歳をした大人が、テーブルの隅に100円玉を積み上げて果てしなく続ける電子ゲームの恐ろしさを、身をもって知っていたはずなのに、その席に子どもが座り、無料で延々と続けられる「ファミリー・コンピュータ」の出現を全く予想していなかった。したがってそれが出現したとき、まったく反応しようとしなかった。それがいつ発売され、子どもたちの間でどんなふうに広がっていったかにも、完全に気がついていなかった――世事に疎いとしか言いようがありません。

 

 しかし多少の言い訳をすれば、テレビの場合はプロレスやキックボクシングの中継を見て学校で真似をしたり喧嘩も一撃必殺になったり、あるいはドリフターズやその他のお笑いを見て人をからかったりイジメたりする楽しみを覚えたり、さらには都会の一部にしかない非行文化や不良の生き方をあたかも多数派のように勘違いさせて広めたりといったふうに、学校生活への影響がかなり厳しかったのに対して、ゲーム機の場合は子どもが宿題をしてこないとか寝不足でいつもボーとしているとかいった程度で、学校自体が脅かされることがほとんどなかったのです。だから対応が遅れたという面もあります。

 ただ、もっと早くに気がついていれば、こんなに無様に押し切られることもなかったはずで、そう考えると、かえすがえすも悔しいことこの上ないことも確かです。

 

 それでも少しは抵抗したいという気持ちもあって、私も多少の勉強はしたのです。しかし「ゲーム機とどう戦うか」といったテーマで語られることのほとんどは、

「子どもとしっかりと話し合ってルールを決めるようにしましょう」

といった話です。

 

「子どもは自分が納得して決めたことなら必ず守るものです」

 

 そんなことはないでしょう。子どもに限らず、「納得して決めたこと」が必ず守れるものなら、世の中からギャンブル依存症アルコール依存症もなくなってしまうはずです。飲みすぎも食べすぎも遊びすぎもなくなり、受験生は決めた時間と決めた分量の学習を、きちんきちんと進めるはずです。教師も、過剰労度などと言われないように、定時に帰宅することができるはずです。

 しかし、そんなことはありませんよね。分かっていてもできないのが人間です。

 

 どうやったら子どもたちをゲーム機から遠ざけることができるか――。それに悩んだ私は、ある日書店で岩波のリーフレットを手にします。そこには「ファミコンとどう戦うか」といった章があったからです。

 リーフレットですから立ち読みもあっという間でしたが、気負いこんでようやくたどり着いた最後の一行はこんなふうでした。

 

「結局、子どもたちが飽きるのを待つしかない」

 

 それで私は諦めました。

 確かに、30年近く待ってようやく“子どもたちが飽きる”時代はきました。しかし子どもたちがゲーム機に飽きたのは単につまらなくなったからではなく、テレビに飽きたときと同様、別の、もっと刺激的で危険なおもちゃが入ってきたからでした。

 

                           (この稿、続く)