「新たな戦い―対スマホ戦」~学校が戦った昨日の敵、今日の敵、明日の敵 3

 絶対に終わることはないと思っていた対ゲーム戦も終わった
 もちろん私たちが勝ったのではなく
 子どもたちの興味が もっと刺激的で危険なおもちゃに移ろうとしているだけのことなのだが
 しかも今回も 大人たちは適切な対応をしようとしない
というお話。

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【一つの機械が人間関係を変える】

 40歳代の前半、私はある研究機関に入ることになって学校現場を2年ほど離れたことがあります。まだ娘のシーナは小学校2年生、息子のアキュラは保育園の年少組に入ろうかという時期です。
 赴任先は高速道路を使っても小一時間もかかる土地で、単身赴任ということも考えましたが夫婦共稼ぎの教員生活、子育てと家事を全部妻に押し付けて一人で異動するということもためらわれました。
 そこで妻にも異動願を出してもらい、一家でそちらに移り住んだのです。妻の実家のある土地ですから、一緒に住むことで支援してもらうとともに、私たちも親孝行できるという目算もありました。

 もっともそれですべて良しとはなりませんでした。困ったのは自宅のことで、まだ新築三年目、住宅の保守という点で完全に移住してしまうのは不安なことです。「人の住まない家は傷む」と言いますから。

 そこで娘たちの通っていた土曜日のスイミングスクールとピアノ教室はやめず、一家で土帰月来(*1)の生活を始めることにしたのです。まだ土曜日の授業のある時代で、なかなか大変ではありました。
*1 土帰月来(どきげつらい)・・・土曜日に自宅へ戻って、月曜日に赴任先に帰ること。週休二日の今日ではほとんど死語

 ただし週2回、一家で移動する小一時間の車の旅は、なかなか楽しいものでした。我が家はゲーム機のない家で、モバイルコンピュータもない時代ですから、運転手の私以外の3人はすることがなく、保育園や学校の話をしたり、尻取りやなぞなぞといったゲームをしたりするのが常だったのです。それが楽しかった。

 じゃんけんで負けた者が頭に思い浮かべたイメージ(橋だとか山だとか、お菓子や有名人の名前だとか)を、「はい」「いいえ」で答えられる20の質問で解き明かす「20の扉」は定番でしたし、4人が次々と物語をつないでいく我が家オリジナルの「おはなし尻取り」もかなり面白いものでした。 本当に魅力ある、優れた時間だったのです。

 ところが、延々と3年近く続いたこの豊かな時間は、ある日突然終わってしまうのです。
 何が起こったのか――。

 本人の希望にしたがって4年生の誕生日に買ってあげた「MDプレーヤー」(ミニディスクを記憶媒体とする当時の音楽プレーヤー)のせいです。土帰月来の車に乗り込むやいなや、シーナはイヤホンを耳に差し込んで意識を家族から離すようになったのです。
 もちろん「一緒のときはやめなさい」と言うことはできました。しかしやりたいことを止めて強制的に参加させられる家族ゲームがシーナにとって楽しいはずはありません。その雰囲気は私たちにも伝わります。ですから注意もできず、いつか家族の会話は自然となくなってしまったのです。

 

【それは繰り返された歴史だった】

 MDプレーヤーという小さな機械を買ってやるとき、そこまでの配慮は行き届きませんでした。
 しかし一つの機械が人間関係や家族のあり方を変えるということは、これまで何回も繰り返されてきたことです。

 例えばテレビのない時代、夕食はみんなで揃って話をしながら食べる楽しい時間でした。それが終わって後片付けをすると、あとは入浴と就寝しか残っていません。そこで空いた時間を勉強したり読書したり――そしてそれにも飽きると、風呂に入って寝る。
 家族の団欒と勉強と読書とそして十分な睡眠。

 ところがテレビ一台入っただけで、私たちはそれらの一切を失ってしまったのです。

 食事をするときに見ているのは、いまや家族ではなくテレビの中の他人です。他にすることがないから自然にできた勉強も読書も、強いて行う苦行となりました。時間があるからというだけの理由で行っていた家族とのどうでもいい会話も、もうしないで済むようになってしまいます。親も子も、相手が今、何に興味をもって何をしているのか、ずいぶん分からなくなってしまいました。

 テレビゲームのときもそうでした。
 特にゲームボーイのような携帯型が子どもの手に渡ってからは、家族がそばにいるときでも親子は会話をしなくなりました。兄弟も話をしない。
 アキュラが保育園のころ、運動会に行ったら自分の子どもの出番がない時間をずっと携帯型ゲームで過ごすお母さんもいました。ですからもしかしたら夫婦もゲームのために会話をしない。
 家族全員が携帯型ゲームを持って同じ時間を過ごす――これでは「集団ひとり遊び」(*2)です。
*2 集団ひとり遊び・・・同じ場所で何人かが集まって同じような遊びをしながら、協働とか協力といった関係性の一切見られない3・4歳レベルの遊び。

 豊かな人間関係というのはどうでもいい話のできる関係です。山ほどの「どうでもいい話」の中から、大事な何かが発見されるのです。
 必要な話、重要な話だけで構成される会話は、事務連絡とか会議とか言います。場所によっては必要なことですが、豊かな人間性の育成といった話には絶対になりません。

 

【戦争はやり方次第で最小にとどめることができる】

 MDプレーヤーの話の通り、私だってたくさんの過ちを犯してきました。子ども専用コンピュータというものも早く渡しすぎたかもしれません。
 しかし結果的に過ちを犯すことはあっても、ゲーム機やケータイのように最初から害悪があると分かっているものを無分別に渡すようなことはしませんでした。
 ゲーム機については結局一台も買いませんでしたし、ケータイ・スマートフォンについては二人とも高校生になってからです。

 シーナは小学校の高学年のころ、盛んにケータイを欲しがりましたが、最終的にはこういって蹴散らしました。
「お前がどう言おうと、何回言おうと、どういう交換条件を差し出そうとも、お父さんは絶対にケータイを買い与えたりはしない。お母さんやお祖母ちゃんを説得して買うようなことがあれば、発見し次第それを踏みつぶす。そういうことはこれまでもやってきたことだ。
 ここのところお前は何度もこの話を持ち出してお互いに気分の悪い会話をすることになった。これからも同じでケータイの話が出るたびにこんな雰囲気になるはずだ。それでもいいなら、そういう会話をしたいなら、いつでも相手をしてあげるから何度でも持ち出しなさい」


 以後、高校生になるまでケータイの話は持ち出されませんでした。それを見ていた弟のアキュラも小中学生のあいだは一度も欲しいと言ったことはありません。言い出せば私より先に姉の方が烈火のごとく怒るに決まっているからです。

 ゲーム戦争・ケータイ(スマホ)戦争なんて一番上の子でやってしまえば、あとは楽なものです。1回で済みます。
 それをしないで全員に機械を持たせてしまうから、子どもが3人いれば3人それぞれと個別に「やりすぎるな戦争」「時間が来たらやめろ戦争」「勉強しろ戦争」「ソフト購入戦争」「新機種購入戦争」「妙なところに接続するな戦争」等々を続けなければならないのです。

 

【今さらスマホの害悪―脳の損傷】

 ケータイ・スマホの害悪についてはつい先週もお話ししたばかりです。

kite-cafe.hatenablog.com したがって続けて書くようなことはしませんが、つい先日届いた雑誌「文芸春秋」にもっと恐ろしいことがありましたので、いくつか引用したいと思います。
 東北大学川島隆太先生の『スマホと学力「小中7万人調査」大公開』という記事です。

仙台市立中学に通う22390人を対象に、数学の試験結果と平日の家庭での学習時間の長さ、平日の携帯電話やスマートフォンの使用時間の関係を調べました。
 その結果、家庭での勉強時間が同じであっても、携帯・スマホを使用する時間の長い生徒ほど成績が下がることがわかりました。
 また、衝撃的なことに、家庭で毎日2時間以上勉強をしていても、携帯・スマホを3時間以上使用すると、携帯・スマホを使用せず、かつほぼ勉強もしない生徒より成績が低くなっていたのです。
 さらに深刻なのは、ほぼ家庭で勉強しない生徒たちは、携帯・スマホを1時間以上使用すると、使用時間の長さに比例して点数が低くなっていることです」

「調査では以下の4点が明らかになりました。まず、スマホなどを非使用の子どもが継続して使用しなければ元々良い成績がより向上していく、一方で使用を開始すると良かった成績が落ちていく。そしてスマホなどを使用していた子どもがそのまま使い続けると悪い成績がさらに悪くなり、逆に止めると成績が向上する」

「たとえば、2017年度のデータでは、四教科(数学・国語・理科・社会) の平均偏差値を計算してみたところ、『LINEなどをまったく使わない群』が50・8だったのに対し、『仕様が1時間未満の群』は50・2、『1~2時間』は47・7、『2~3時間の群』は45・2、『3~4時間の群』は43・0、そして『4時間以上の群』は40・6でした。つまり、偏差値で10以上の差がついてしまいました」
 
仙台市在住の5歳から18歳の224名の子どもの3年間の脳発達をMRIを用いて検視的に観察しました。
 そうしたところ、インターネット習慣が多い小児は、そうでない子どもに比べて、前頭葉頭頂葉、側頭葉、小脳も含めて、かなり広範の領域で左右の大脳皮質の体積があまり増加していませんでした。
 しかも、大脳皮質だけでなく、脳の奥深くを調べてみると、神経細胞から情報を送る電線の役割を持つ白質の体積もあまり増加していなかったのです」

「これが意味するのは、スマホを使用するとただ成績が悪くなるというだけでなく、そもそも脳全体の発達が悪くなっているという、もっと重篤で、深刻な問題です」

スマホというのは、はっきり育ってしまえば、『人をサルにする道具』です。これほど恐ろしいことありません」

 かなり長い文から摘まみ取ったもので、実際の内容はこの10倍も過激です。

 正直言って、私は脳というものがこれほど簡単に崩れるものではないと思っています。しかし話半分、いや話100分の1だったとしても、子どもを敢えてスマホの危険にさらす気にはなりません。

 子どもがサルになるかもしれないといわれる以上、大阪府教育委員会が何と言おうと、文科省がどれほど勧めようと、せめて義務教育の間くらいはケータイ・スマホは渡さないようにするのが親の務めではないでしょうか。