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「戦場に女性を送りこむ」〜医療現場と学校の男女平等問題 2

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  入試不正によって合格者の男女比を調整しようとした東京医科大のやり方は厳に批判されなければなりません。しかし他方で、病院を回していくにはそれしかないと考えた大学上層部の考え方に一定の理解を表明する女性医師たちがいた、それもかなりたくさんいた、ということは現場の困難がいかに深いかを物語っています。
 確かに正義は実現しなくてはなりません。しかし正義を実現したとき、それで人々が不幸になるようでは何か別の方策を考えなくてはいけない
 それが昨日の結論でした。

 そうした男女平等に関する現実的なギャップは学校社会にもあります。そもそも平等や公平を教える学校において、教える側の教員に男女不平等をうまく解消できないのです。

【学校における男女不平等の問題】

 学校というのは日本社会でも最も男女平等の進んだ職場です。私が教員になった40年近く以前は、それでも女性教諭が職員会のお茶を用意する、といった様子もありましたが、それもまもなくでなくなりました。中学校では女性の担任を嫌う傾向もありましたが、それでは回っていかない事情(女性教員の比率が増えた、男性教員でも担任を忌避する、あるいは務まらない場合が増えたなど)もあって今日ではかなり数の女性担任が出ています。
 しかしそれでもなお残る問題は女性管理職の少なさということです。

 文科省文部科学統計要覧(平成30年版)によると平成29年度の小学校における女性教員の割合は62.2%です。それに対して管理職(校長・副校長・教頭)の女性率は22.0%しかありません。それが中学校となるとさらに数値が悪く、教員全体に占める女性の割合が43.1%であるのに対して管理職のそれは9.0%しかないのです。

 この不平等はできるだけ解消しなければならないと各都道府県は女性教諭の管理職登用に躍起になっていますが、ことは簡単に行きません。
 特にセブンイレブン、シックスナイン(勤務が7時から夜11時、あるいは朝6時から夜の9時、)と呼ばれる教頭職(教頭を置かない東京都などでは副校長)は、家族の犠牲なしには成り立たない職だからです。炊事・洗濯・育児・教育といったすべての役割を誰かに負ってもらわないと、この長時間労働に耐えることはできません。

 また校長・教頭・教諭の三つの職はどんな山奥・離島であっても置かなくてはてはなりませんが、それがままならない。
 教諭だったら生きのいい若い独身教師を送り込めば事足りますが、教頭・校長はそういうわけにはいきません。単身赴任もしくは長距離通勤に耐えられる人しか僻地の学校に充てることはできないのです。そこで必然的に男性教師が登用されやすくなります。

 もちろん炊事・洗濯が女性に任されてきた経緯に問題があると言えばそれまでですが、言い立てたところですぐに解消するというわけではありません。それに炊事・洗濯・育児が女性に任せられやすいという状況は、日本に限ったことではないでしょう。

 教頭になったらどこに飛ばされるか分からない、朝6時前に出勤して夜9時にならないと退勤できない、そう考えただけでも主婦を兼務してきた女性教員は二の足を踏むでしょう。推薦する校長もむやみに勧められない。そうした状況の積み重ねが今日の不均衡を生んでいるのです。

【それでも女性管理職を増やすなら】

 しかしそれでも「女性管理職は増やさなければならない」「管理職の男女比を、教員のそれに限りなく近づけなければならない」となると相当に無理をしなくてはならなくなります。

 とりあえず面倒を見る家族のいない女性教諭――独身の人、既婚でも子どもが成人していたり、そもそも子のいない人、家事および育児を全面的に自分たちの親(子にとっては祖父母)に見てもらえる女性――。これらの女性教諭は実力のいかんにかかわらずすべて昇任させていく。

 あるいは条件が厳しすぎて二の足を踏むなら、女性管理職に限り山奥や離島といった遠隔地への赴任を避け、自宅から通える範囲の任地を約束して昇任試験を受けてもらう。運営の難しそうな学校・校区には赴任させない、等々。
 しかしこれらは扱いを誤ると男性教師の意欲を削ぐことになりかねません。

 出世したくて教員になる人はいませんが、昇任の声がかけられるかどうかは評価です。明らかに実力差のある状態で、動きやすい女性だからあちらが先、というのはやはり納得のいかないところでしょう。それに単身赴任はとかく不経済です。女性だから近くの学校、男は遠隔地で金を使え、というのも納得のいかないところです。

 教員の過重労働ということは最近ようやく注目されるようになってきましたが、管理職(特に教頭・副校長)の異常な勤務実態という点にはあまり注意を向けられていません。昨日のニュースでは教員の過重労働を防ぐためのタイムカードの設置や部活の外部委託があまり進んでいないので文科省がさらに手を入れているといった話がありましたが、タイムカードの管理や部活の委託先を探してくるのは管理職の仕事です。

 かつてゆとり教育のために教師たちがどんどんゆとりを失っていったように、教員の過重労働を緩和するための仕事で現場はさらに首を締められていきます。その最前線にいるのが学校職員の小隊長、教頭(教諭の頭⦅かしら⦆)なのです。

【ブレーキとアクセルを同時に踏まれれば車は傷む】

 一方で勤務時間を減らせと言いながら、他方で小学校英語を始める、プログラミング教育を始める、学力向上を徹底しろ、不審者対策を十分に行え、大規模地震に備えて通学路の点検を行え、エアコンの使用状況について報告せよ、熱中症対策に関して各校の取り組みについて知らせろ等々、家庭を犠牲にしなければ管理職の勤まらないような学校にしておいて、「もっと女性の管理職を!」と叫ばれてもそう簡単に女性を送り出すことはできません。

 病院や学校の過酷な現状を変えずに、そのまま女性比率を上げようとするのは、彼女たちを手ぶらで戦場に送り出すのと同じです。現状のままで男女平等という正義を押し通すことが、女性たちの幸せにつながるかどうかは慎重に吟味する必要があるでしょう。
 現在はロシアとなったかつてのソビエト連邦ソ連)では男女が完全に平等だった時代があり、女性も重労働を強いられたと聞いています。しかしそれで幸せだったという話はまるで聞こえてこないからです。

(この稿、終了)

(2018.08.25 追記)
 女性医師の現状に関する優れた記事があったので、ここに追記しておきます。
 NHKニュース 2018.08.21 女子受験生の減点 本音はあり?なし?