「忖度報道の行方」〜日馬富士暴行事件と2・26

 

 22日の記事で今年は終わるつもりでしたが、昨日貴乃花親方の処分が出て、様々な方面からの多様な意見を聞くうちに、いろいろ考えさせられるところがあって文を書く気になりました。

 様々な意見というのは例えばDIAMOND ONLINEの『貴乃花親方バッシングに見る相撲協会とマスコミの「狂気」』のような記事です。タイトルにある通り、相撲協会と結託したマスコミによって貴乃花親方が袋叩きにあっている現状を憤る内容なのですが、これが私の見方とは著しく異なる。

 私の方は同じテレビのワイドショーやニュース番組を見ながら、貴乃花支持者であるMC、リポーター、コメンテーターが狂気めいた擁護論を振り回していると感じていたからです。理不尽なまでに貴乃花親方に肩入れし、モンゴル力士や相撲協会を叩いている、そんな印象です。

 振り返ってみましょう。

【物言わぬ親方、百万言を語る】

 もとを質せば最初は11月14日に発覚した「日馬富士暴行事件」、つまり単純な暴力事件でした。誤解のないように言っておくと、“単純な”というのは加害者と被害者がいてその関係がかなり明白で、理の大部分が被害者側にあるという意味です。

 ただし翌日の興行にも出ているくらいでケガの程度は軽く、その段階ではまだ日馬富士の処分も、重くても2〜3場所の出場停止くらいというのが大方の見積もりでした。

 日馬富士は何と言ってもこれまで一度も問題を起こしたことのない立派な横綱ですし、9月場所を大逆転で優勝し、一人横綱としての責任を果たした功労者ですから相撲協会が粗略に扱うはずがない、とみんなが考えたのです。

 それがここまで大きな問題になったのは、一も二もなく貴乃花親方の“ダンマリ”――いや正確に言えばその“ダンマリ”をいいことに、貴乃花親方に仮託して自分の思いを叫び続けたマスコミ各誌、出演者たちの思惑のためだったと言えます。

貴乃花親方は星の回しあいや八百長にまみれた現在の大相撲に、一石を投げ込もうとしている(に違いない)」

「その八百長試合の申し合わせの場がモンゴル会である」

「大体地方巡業とはいえ、明日の対戦を控えた力士同士が一緒に酒を飲むなど、常識としてあり得ない」

「この戦いは貴乃花親方と白鳳グループのガチンコ勝負だ」

貴乃花親方は張り手やカチアゲを多用する白鳳の取り口に重大な異議申し立てをしている」

貴乃花親方は純粋に自分の弟子を守ろうとして孤独な戦いをしているのだ」

「真の相撲道を希求する貴乃花親方と、稼ぎ頭のモンゴル人横綱に傷をつけたくない相撲協会との最後の決戦」

 しかし私の知る限り、一か月半にわたるそうした議論の際中、貴乃花親方は一言も発していなかったのです。まさに忖度だけで番組を盛り上げ、紙面を埋めていたのです。

 やがて視聴者の一部は相撲協会にガンガン抗議の電話を入れ、それを聞いて横綱審議委員会北村正任委員長も白鳳の取り口について苦言を呈する。本来の暴力事件はいったん影を潜めます。

 そうこうしているうちに危機管理委員会の中間報告が出て、それが「加害者寄り」だと非難される。

「被害者が何も言わなければ加害者寄りにもなるよな」

という一般論はまったく通用しなくなります。

 さらに記事のネタがなくなりと、貴ノ岩事件は実は最初から白鳳によって仕組まれたリンチだったとか、一度は消えたアイスピックを振り上げた関取がいたといった話まで蒸し返され、どこまで話が広がるかまったく先が見えなくなってしまいました。

【人は自分の想いを軸に忖度する】

 “忖度”だけで物事が動くということは、これまでもなかったわけではありません。その深刻な例は「2・26事件」です。

 首謀者のひとりの磯部浅一は事件半年後、日記(「獄中日記」)の中で次のように叫んでいます。

「今の私は怒髪天をつくの怒りにもえています、私は今は 陛下をお叱り申上げるところに迄 精神が高まりました、だから毎日朝から晩迄 陛下をお叱り申しております、天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか 何と云ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」

 磯部が怒っているのは彼らの起こした「天皇のための昭和維新」を天皇自らが潰してしまったことです。

 磯部浅一はまさに「憂国の士」でした。日本との日本国民と天皇一家のために身も心もささげるつもりだったのです。

 その自分がこんなに真剣にこの国のことを考えているのに、そして天皇陛下は当然「現人神」として自分たち以上にこの国のことを深刻に考えてくださっているはずなのに、なぜ世の中はよくならないのか――。

 答えは簡単でした。

「それは天皇陛下と自分たちの間に、漢奸たちが側近として立ちはだかっているからだ」

「その漢奸たちを排除すれば、天皇陛下の意思と自分たちは繋がり、あるべき政治の姿が実現するに違いない」

 天皇重臣たちを暗殺しながら、小指の先ほども自分たちを反乱者と思わなかったのはそのためです。勝手に天皇の想いを忖度し、自分たちと同じだと思い込んでいたのです。

 私はこの一か月半、空転する「貴ノ岩問題」を眺めながら、それを思い出していました。人は自分の想いを軸に忖度するのです。そしてそれはされる側の人間が否定しない限り、果てしなく増幅できるものなのです。

 今日の段階でメディアの一部は「これは全面戦争の始まりだ」といった見方をしています。貴乃花親方は地位保全を求めて裁判所に仮処分を申請するだろうということです。しかしそれも“忖度”でしょう。親方は全く違うことを考えているのかもしれません。あるいはまったく何も考えていないのかもしれません。

 しかしいずれにしろ年明けは「貴乃花親方は相撲協会を二つに割るのか」「親方はクーデターを起こせるか」といった立ち位置から議論がスタートするはずです。親方が何か言わない限りは。

【もう素直に相撲を見ることはない】

 一連の忖度報道で大相撲は大きく傷つきました。

 モンゴル人力士に対する社会の目が、これほど冷淡なものだということを、私は初めて知りました。

 私自身は白鳳のファンだったのですが、星の回し合いや八百長試合の同元のような存在だったという印象(私は信じませんが)は、これからも払拭されることはないでしょう。

 モンゴル人力士を見る目も変わってきます。幕内力士の三分の一にも及ぶ勢力ですから、大相撲全体を見る目も違ってくるに違いありません。

 貴乃花部屋以外の相撲取りはガチンコではないという印象も、角界にとっては大きな損失でしょう。もう素直な気持ちで大相撲を見ることはできません。

 その他言いたいことは山ほどありますがやめておきましょう。

 九州場所の千秋楽で白鳳が日馬富士関、貴ノ岩関を再び土俵に上げてあげたい」言ったとき一緒になって心からうなずき、「来年も大相撲をよろしくお願いします」と言って万歳を始めた時、心の中で一緒に万歳したのは私です。

 その行為は相撲協会理事会から「品格のないもの」として厳重注意を受けました。あの日福岡国際センターでニコニコしながら万歳をした観衆も同じですが、私も「品格のない人間」と認定されたわけです(会場にいなかったので全国に顔が知られなくてよかったですが)。

 これ以上なにかを言えばさらに品格を疑われそうなので(っていうか、そもそも私の品格ってまだ残っているのか?)

 今日のところはこれでやめます。