「微笑み返し・手練手管・そして意味不明」~子どもの不思議」③

 先端恐怖症というのがあるように、人間は尖ったものや三角形のものが嫌いです。キバや鋭いツメを見たら引き下がれという本能的なものが根っこにあるのかもしれません。

 逆に丸いもの、ふんわりとしたものは好きで、だから多くの動物の赤ちゃんは親よりも丸っこい顔をしているのです。そういう話を聞いたことがあります。

赤ん坊は愛されるようにできているのです(*)。

 さらに人間の子どもには、見目かたちが可愛いという以外に、行動や仕草に大人の関心を引いたり優先的に保護されるための仕掛けがたくさんあります。話は月曜日の続きです。

【微笑み返し】

 町で出会った赤ん坊の視線を捉えるのがうまい方だと思っています。例えば電車の中で視線を合わせるというようなことです。人に言ったり訊ねたことがないのでよくわかりませんが、もしかしたら誰でもできることなのかもしれませんが。

 一歳未満前後で、ベビーカーに乗っているような子の顔を優しい表情をしながらジーッと見るのです。するとある瞬間、目が合って離れなくなります。ちょっと不安そうにジーッと見つめ返すようになります。そのときニコッと微笑んでやります。すると赤ん坊の方もニコニコ笑い返し、中には手足をばたつかせて喜ぶ子もいます。
 もちろんそうしない子もいますが、そうれは個性というよりも月齢の差によるように私は思っています。感覚的に言うと6ヵ月から1歳半のくらいの子にやると大抵はうまく行くのです。
 電車の中は普通いつでも退屈ですから、それからしばらくは百面相で子どもを笑わせ楽しみます。親に気づかれないようにやるのは余計な気を回させないためです。

 こうした“微笑み返し”――親和的な態度をとる人間に対して同じく親和的であろうとする態度は、無力な赤ん坊に備わった一種の防衛本能ではないかと思うのです。例えばそのとき電車に事故が起こって、しかも親にその子を助けられない状況が生まれたら、代わりに私が救いに行くに決まっています。そうした関係を、短時間の間に、私との間につくってしまったからです。
 危険が日常的な時代――原始時代だとか、戦乱だとか、災害だとか――そうした生存競争の厳しい時代だったら、愛想のいい赤ん坊ほど生き残るチャンスが増えます。
 

【手練手管】

 児童館に勤めていた時のことです。
 母親と一緒にお姉ちゃんの迎えに来る3歳のレン君は私と仲良しで、来ると必ず事務室に顔を出しました。私が気づかないでいると「カンチョーセンセー!」と大声で呼びます。そこで私も席を立ってレン君を抱き上げ、あるいは言葉をかけて頭をなでたりしました。
 ところがある日、玄関に姿が見えたので私の方から行くと、タッタッタと走ってきたレン君は私の前でさっと進路を変え、横をすり抜けてそのまま奥の部屋へと行ってしまったのです。その翌日も同じです。
 さらに次の日は事務室の中をチラッと見て私がいるのを確認し、何も言わずにお姉ちゃんの部屋に走っていきます。

 そんなことが2〜3日続いて、私の方もほったらかしにして置いたら数日後、事務室のドアから顔を出して
「カンチョーセンセイ!」
とニコニコ顔。私が席を立って抱き上げに行こうとすると、またドアを勢いよく閉めて奥へ走って行ってしまいました。
 からかっているのです。

 そうした駆け引きには慣れていたので苦にはなりません。小さい子の中には、そうした手練手管を使いたがる子がたくさんいるのです。
 追えば逃げ、止まれば引き寄せる――悪い女に引っかかっているようなものです。

 どうやってそうした技術を身に着けのか――。多くの子どもが似たようなことをするからには、そこに本能的な何かがあるはずです。
 子どもは大人を虜にするさまざまな技術をいつの間にか手にしています。
 

 【あれは何だろう】

 おしまいはハーヴです。
 1歳10ヵ月ですからもう食事の大部分はひとりでできます。しかし最後の、ごはんやおかずを寄せ集め、スプーンできれいに掬い取って食べる部分はうまくできません。したがって大人がやってやることになります。

 ある時、母親のシーナが忙しく、父親も帰宅していないので私がやろうとすると、唇を固く結んで顔を背け、上体を思い切り遠ざけて断固拒否します。どう声をかけてもその姿勢を崩そうとしません。
 あまり頑固で微動だにしないその姿が面白くて、私はシーナに声をかけ写真を撮ってもらうことにしました。
「ちょっと面白い風景だから写真撮ってくれ!」
 シーナも面白がって慌ててカメラを持ちに行き、帰ってきてさあ撮影と構えた瞬間、ハーヴは突然私の方を向いて大きな口を開け、いい子の顔で食べさせてもらおうとします。“ボクは最初からこんないい子なんだ”みたいに。
――あれは何だったのだろう?

 また別の時、ハーブと私の二人きりの時間、おもちゃの電車を床から棚へと走らせていたハーヴは、やがてテレビの画面上でガーガー走らせ始めました。そこで思わず、
「ダメだよ、そこは!」
 と声を荒げると、ハーヴはいきなりおもちゃを投げ捨てて床に突っ伏し、まるでこの世の終わりみたいに、絶望して激しく泣き始めます。
 その様子が面白いので撮影しようとスマホを取り出すと。

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 泣きながら私をチラ見して、

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 撮影していることを確認。

 泣きやんで普通の顔に戻り、やがてニコニコ顔になったので私の方が興味を失って撮影をやめてしまいました。

 カメラを向けられたらニコニコするという習慣があるわけではありません。親に言いつけられたら困る、といった判断もないでしょう。
 引き寄せ本能とも関係なさそうです。しかしそうした仕草のひとつひとつでに、私たちを捉えて離さない魔力があるのです。
*世の中には本当に赤ん坊が嫌いという人もいます。しかし遺伝子的にすべての子どもが愛されるように生まれてくること考えると、子どもが嫌いというのはかなり深刻な問題だと私は考えます。