カイト・カフェ

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「アメリカはどこに行くのか」⑤〜最終

 私が本当に腹を立てているのはトランプ自身や彼の支持者や、選んでしまったアメリカ国民ではなく、この期に及んでまだ「トランプ氏は就任とともに態度を軟化させるだろう」とか「現実を知るとともに政策を変えて来るだろう」とか言っている日本の一部“専門家”“識者”たちです。彼らは先日の記者会見も「大成功だった(支持者に大いにアピールし、真にわれらの指導者だと印象づけた)」と言い、トランプが今後強い指導者として世界を牽引していくことに期待を表したりしています。
 もっと素直な分析はできないものでしょうか?

くまモンはどんな哲学を語ったのか?】

 トランプが老獪な辣腕経営者だということを何の疑いもなく前提としている“専門家”たちが、あまりにも多いことに驚かされます。もしかしたら運が良かったとかパートナーが優れていたとか、あるいは親が偉かったとか、それだけということはないのか。

 これについて2017年1月9日付朝日新聞「トランプ氏…有能なビジネスマンって本当? 実像を探る」は結局わからんという答えを導き出し、
 トランプ氏は、自身が保有する資産総額について「100億ドル(約1兆1700億円)を超える」と豪語するが、米経済誌フォーブスが昨年9月に公表した資産総額は推計で37億ドル。不動産価格の値下がりで、1年前から8億ドル減った。

 ビジネスの実態を知るための一つの手がかりとなる納税申告書については、「監査中」として一貫して公開を拒んでいる。

「トランプ氏のビジネスは、れんがの壁にブレーキもなしで時速100マイル(約160キロ)で突っ込んでいくような無謀さがある」(中略)「正直ひどいビジネスマンと感じていた」と話す。
といった話を載せています。なかでも納税申告書の公開拒否は大きな問題でしょう。

 トランプの過去を評価する人々の文章を読んでいると、時おり『「トランプ自伝」によると』といった表現が出て来ます。しかし自伝はだめでしょ、何でも書けるんだから。
 さらにこの「自伝」については「ニューヨーカー」(2016年7月25日号)が「トランプのゴーストライター、良心の告白」という記事でトニー・シュウォルツというゴーストライターの存在を明らかにし、次のように記しています。
 彼が天才的なビジネスセンスの持ち主にして、頼りになる好人物──トニー・シュウォルツの筆による『トランプ自伝──不動産王にビジネスを学ぶ』(原題:The Art of the Deal)は、まさにそんなドナルド・トランプ神話をつくり上げた。そしていま、シュウォルツはそのことを心から悔やんでいる。  もしいま、トランプ自伝を書くとしたら、内容もタイトルもまったく違う本になるだろうと、シュウォルツは言う。どんなタイトルになるかという問いに、シュウォルツはこう答えた。『Sociopath』(社会病質者の意)だ、と。

 中でも惹かれるのは次のような記述です。
 今年(2016年:引用者注)になって、「トランプには本当はもっと思慮深くて繊細な面もあるのだが、選挙戦ではあえてそれを隠しているのだ」という意見をシュウォルツは耳にした。「そんなわけがありません」と、シュウォルツは断言する。「あれがありのままのトランプの姿です」

“識者”たちは、トランプが大統領候補にまで上り詰めてしかも勝ったので「彼の深謀遠慮・知略は成功した」と考えたのかもしれませんが、人気は計略や作戦によってのみ高まるものではありません。キャラだけで勝負に勝てることもあります。
 くまモンは一言もしゃべりませんが人気は絶大です。

 ドナルド・トランプはたまたま現代アメリカの機運にマッチした“おもしろキャラ”、それ以外の何物でもないという可能性について、“識者”がまったく顧慮しないのはほんとうに不思議です。 (なお、「トランプのゴーストライター、良心の告白」はとても面白い文ですので、一度読んでみるといいと思います) 

  アメリカはどこに行くのか―ハイル・トランプ!】

 いくらなんでも20日の就任演説ではまともなことを言うだろうと憶測する人々がいます。それについては私も同感です。確実に歴史に残る演説ですからライターがたっぷり手を入れ、トランプもそれに従うはずです。
 しかし同時に、
 ホワイトハウス報道官に就任するスパイサー氏は、電話での記者会見で「トランプ氏は就任初日から大統領令を使い、いくつかのことを行う」《ANN「就任早々“大統領の力”行使へ TPPや国境の壁か」(17/01/18))
ということですから、その日の内にこれまでの発言のいくつかを実現します。まだ何が対象なのか聞こえてきませんが、“壁”の問題やTPP離脱、NAFTA北米自由貿易協定)脱退などが候補に挙げられています。

 私はアメリカの政治制度に疎いのでよくわからないのですが、到底不可能と思われるような政策――メキシコに支払わせるだの、中国からの製品に40%の関税だの、日本や韓国からの米軍の撤退だの――についていちいち大統領令が出たとしても、それらがかたっぱし実現していくとはとても思えません。

 議会は次々とそれを無効にする法案を通過させ、最高裁判所に対しては違憲訴訟を起こします。アメリカ議会は上下両院とも共和党多数ですが、中心になるのはトランプに徹底的にコケにされた人々です。したがって共和党内からも反トランプの賛同者は相当に出てきそうです。
 いやその前に閣僚の中から造反や離反・丸め込みの動きが出てくる可能性もあります。特に対ロシア政策に関しては親ロと反ロの強硬派が同時に存在しますから内部をまとめること自体が困難でしょう。
 遅かれ早かれトランプ政権は内外に敵をつくって政治は空転するしかなくなります。
 さてそのあとです。

 ひとつの可能性は閣僚か共和党議員がトランプをうまく丸め込み、常識的な政治への舵取りに成功することです。その場合、現象としては「トランプ大統領も現実路線を取り始めた」ということになります。
 第二の可能性は、結局だれもトランプをコントロールできず、半年ないしは1年程度でだれかがトランプを眠らせることです。暗殺などという野蛮なことはしないでしょう。ただ重篤な病気で執務できなくなるだけです。その場合はだれもが望むペンス副大統領が昇格します。
 第三はトランプ自身が嫌になって政権を投げ出すことです。その場合もペンス大統領です。

 しかしトランプには何と言っても6420万人の支持者(投票者)がいますし、オルトライトと呼ばれる極右の人々の中には「ハイル・トランプ」と叫んでいつでも私兵となる用意のある若者がたくさんいます。言うまでもなく武器の調達に苦労しない国ですからSS(親衛隊)は明日にもつくられるでしょう。トランプの公約がいちいち実現しない場合、彼らはそれを議会や民主党のせいにするかもしれません(トランプ自身がそう言うに決まっていますから)。そのとき彼らは行動を起こす。
 さらに必要なら、トランプは共和党を離れ彼自身の政党をつくってもいい。その名をアメリ国家社会主義労働者党(通称アメリカン・ナチス)とつけるかどうかは彼次第です。
 それが第四の、そして最悪の可能性です。

(本当に嫌になりながら、この稿、終了)