「ヒロシマ」

 昨夜のニュースで、G7の外相が広島の原爆資料館を訪れ予定を20分も超過して見学した上にアメリカのケリー長官の発案で原爆ドームまで歩いて行ったという話がありました。

 私はなんだか目頭が熱くなり、涙が出そうになりました。

人々の願いがかない、アメリカの現職大統領が資料館を訪問する道筋が見えたように感じたからです。

 この場合、“人々”は過去から現在に至る多くの日本人のことであり、“アメリカ”は「原子爆弾を落とした加害国」という意味ではなく「世界に最も影響力のある核保有国」という意味です。アメリカの現職大統領が原爆資料館を訪れ、原爆ドームを目の当たりにすれば、以後すべての国の国家元首がその地を訪れやすくなります。またそのことを積極的に訴えることもできます。

「あのアメリカ大統領ですら訪問したというのに、オタクの国家元首は来ようとしないのですか?」

 そして多くの国家元首が資料館を見学することによって、核の恐ろしさ悲惨さは国際政治の中で共有されるようになると思うのです。ケリー長官が言ったように、

「色々な意味で感動し胸を打たれた。特筆すべき資料館だ。核兵器の持つ非常に大きな危険を私たち全員に思い起こさせてくれる。戦争を回避することの重要性もだ。可能な限りの策を講じてあらゆる平和手段を尽くし、戦争ではなく、外交によって平和を見いだす重要性を思い起こさせてくれる」

 資料館にはそれだけの力があるのです。

 原爆資料館を中心とする広島平和公園は70年以上にわたって戦争と核兵器の恐ろしさ・悲惨さを訴え続けてきました。一部にはアメリカの責任を問う声はあっても、全体としては非難しようという方向はほとんどありませんでした。

「戦争の早期終結のためには原爆投下もやむをえなかった」

「米兵の命を守るためには必要な措置だった」

「原爆は結局、多くの日本人の命も守った。あのまま戦争が続いていたらさらに多くの日本人が殺されていた」

 そんなふうに考える人が半数以上もいるアメリカに対して、その非を打ち鳴らしても無意味です。あちらにはあちらの論理と感じ方があるからです。

 1945年8月6日の広島の惨状を知った上で、なお謝罪をすることが困難になった人さえいます。あれだけの災厄の責任を負いきれないのです。

 それは「慰安婦はいたが強制連行はなかった」「南京虐殺はあったが30万人ではなかった」といつまでもこだわる日本人(私もその一人ですが)と同じで、追及しても絶対に引かない、埒が明かない――。

 だから日本はアメリカに対する責任追及を棚上げにしたのです。本気で責任追及を始めれば日米関係は一歩も進まない、歴史は前に向かわない、と知っていたからです。

 それが日本人の知恵です。鮮やかな転換です。

 そして戦争と原爆の責任は全人類のものとした。それは原爆慰霊碑の碑文からも明らかです。

「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」

 過ちを繰り返さない主体は、もちろん「私たち人類は」です。

 しかしこの碑文は恐ろしい矛盾を孕んでいるとも言えます。なぜなら原爆で亡くなった人もその家族も、長く後遺症に苦しんだ人々も、皆、“人類”には違いないからです。

 被害者であるあなたたちも、加害者なのだよ。

 そんなふうにも読み取れるこの碑文、それを広島市民に強い、日本人全体で背負ったときから日本の特別な立場が生まれたと私は信じます。

 被害者意識ではない、純正な正義から核廃絶を叫びうるという特別な立場です。

 アメリカは資料館を見学するケリー長官たちの撮影を許可しませんでした。長官の表情や態度に反省や謝罪と誤解されかねないものが浮かぶのを恐れたからだといいます。アメリカの国内問題で致し方ない面もありますが、しかしセコい。

 ヒロシマが訴え続けてきたのはアメリカが罪を認めて謝罪するといったレベルの低いことではないのです。

 戦争も核も絶対悪である、そのことを資料館は圧倒的な力で知らせる、だからこそより多くの為政者に来てもらい、あのきのこ雲の下で何が起きていたかを見てもらわなくてはならないのです。

 オバマ大統領の広島訪問を心より願ってやみません。