「梵天勧請とイスラム教」

 どうしても達成したい目標でもないのですが、イタリアに行って自信をつけたので、今度はフランスに行ってこれで一生の海外旅行は終わりにしようと思っていたのですが、なんだかきな臭い雰囲気になってきて当分行けそうにありません。この年になって命が惜しいわけではありませんが物見遊山で行って政府に迷惑をかけるようでは生涯に汚点を残します。自重しましょう。

 しかしそれにしてもムスリムには困ったものだと、そんな気もしています。

 本来のイスラム教はそういうものではない、あれは異端だといった説もありますが、「右手にコーラン、左手に剣」(これは全くのねつ造だという話もあります)という言葉があったり、12世紀のインドにおける仏教遺跡破壊のことを思ったり、現代で言えばアルカイダボコ・ハラムもイスラミック・ステートもやってることはみな同じじゃんとか思うと、イスラム教の中には本質的にそうした残虐さがあるのではないかと疑いたくもなります。

 しかしそうは言っても、対するキリスト教勢力だって「愛の宗教」とばかりは言っておられず、十字軍の例を始め魔女裁判や異端審問、ホロコーストも基本的にキリスト教社会によるユダヤ人大量虐殺です。その殺戮の様を見てもイスラムに勝ることはあっても劣ることはありません。

 翻って日本の仏教はと考えると、これも必ずしも平和に、穏やかにやってきたわけではありません。白川上皇の「天下三不如意」にもあるように平安末期の京都では寺院が武装して強訴を繰り返していましたし、室町時代には加賀や長島で一向一揆が血生臭い闘争を繰り返しています。近現代に至っても、仏教系の宗派の中には他人の家に入って仏壇をひっくり返して改宗を迫ったという話も残っていますから、ただおとなしいだけの宗教だったというわけではありません。

 日本国内だけでも十三宗五十六派と言われるように、仏教は大量の宗派をもって様々な布教活動をしています。簡単な例でいえば檀家も墓地も持たない奈良仏教と念仏だけがあればいい浄土宗系仏教、座ることが前提の禅宗は、改めて考えると同じ仏教は思えない広がりを持っています。来世に生きようとする宗派と現世に極楽を実現しようとする宗派では、ともに手を携えてというわけにはいかないでしょう。

 そうした多様さこそ仏教のひとつの側面で、それは釈迦自身の悟りに対する考えを反映しているのです。

 伝説によれば釈迦が涅槃に入ろうとするとき、梵天がその前に現れ、釈迦の悟った教えを人々に知らせるよう乞います。これを梵天勧請と言います。

 釈迦は自分の得た悟りはとても深遠で容易に人に教えられるものではないと断るのですが、梵天の要請は厳しく激しいものであって、しばらく逡巡します。そして勧請に従い、一度は教えようと決心するのですが、その態度は極めて不熱心なものだったようです。その悟りは教えられないものだと考えていたからです。

 そうなると弟子たちは、推察したり忖度せざるを得なくなります。釈迦の許容性はほとんど無限であったため、のちには「夢の中に現れてこう語った」といった内容も経典の中に収められます。

「如是我聞(にょぜがもん=私はそのように聞いた)という言葉が繰り返し経典の中に現れるのはそのためで、正規の仏教聖典(三蔵と呼ばれる)の中に論蔵と言われる大量の「解釈・注釈」書含まれるのもそのせいです。

 コーランの中には合い矛盾する教えが大量にちりばめられ、多様な解釈を許す仕組みになっているという話を聞いたことがあります。私はコーランについて勉強したことがないのですが、そうした多様性の中から過激派が出て来るとしたら、それは仏教が歩んできた道と同じです。

 まったく理解できない世界の物語としてみるのではなく、イスラムについても素直に勉強してみようと思いました。